中国・河北省の畑で撮影された、1本の動画。

収穫したばかりの白菜が、大きな容器の液体へ次々と沈められていく様子が映っていたそうです。

作業をしていた業者は、こうすると鮮度が2〜3日保てると説明していたと報じられています。

その液体に入っていたのが、ホルムアルデヒドでした。

生物の標本を保存するのに使われる、あの薬品です。

今回は、この騒動が日本の食卓にどこまで関係するのかと、厚生労働省が「検査はしていない」と答えた理由を、わかりやすく解説していきたいと思います。

鮮度が2〜3日保てるという説明

まずは、何が起きたのかを順番に見ていきましょう。

問題の動画が中国のSNSに投稿されたのは、8月22日のこと。

環境問題を扱うブロガーが撮影したもので、河北省の出荷業者が収穫した白菜を液体に浸し、そのままトラックへ積み込む様子が記録されていたと報じられています。

浸す目的は、輸送中の鮮度を保つため。

業者本人が、カメラの前で「2〜3日はもつ」と話していたそうです。

 

この液体にホルムアルデヒドが含まれていたことは、後になって判明します。

防腐作用があって、生物の標本などに使われる薬品。

その一方で、人体には発がん性があるとも指摘されています。

標本を保存するための薬で、食卓に並ぶ野菜の鮮度を保つ。

字面を並べただけで、食欲がどこかへ行ってしまいますよね。

 

動画が中国国内で大きな反響を呼ぶと、当局が動きました。

河北省の康保県政府は24日までに、発がん性が指摘されるホルムアルデヒドを含む溶液に白菜を浸して出荷する行為が発覚し、調査していると発表しています。

告発動画を踏まえて関係部門のチームを現地へ派遣したところ、事実だと確認されたそうです。

いまは捜査当局が関係者や関係車両を調べ、問題の白菜がどこへ流れていったのかを追跡している段階だと報じられています。

 

共産党の機関紙である人民日報は、社説でこう書きました。

「卸売業者は目先の経済的利益ばかり追求し、消費者の生命と健康を完全にないがしろにした」

農産物へのホルムアルデヒドの使用は、中国でも法律で禁止されています。

国務院の食品安全弁公室などは、腐敗しやすい野菜を対象に、緊急の抜き取り検査を実施するよう各地方へ指示したとのこと。

北京の主要な生鮮拠点である新発地市場も、独自に仕入れ先を調べたうえで、問題の野菜は一切運び込まれていないと声明を出しています。

ずいぶんな速さで動いた形ですが、その全部が、動画が広まったあとの出来事でした

上海の市場が白菜を捨てはじめた

気持ち悪い、という反応は、たぶん日本より先に現地で出ています。

この騒ぎのいちばん近くにいるのは、中国で毎日買い物をしている人たちです。

上海市内の青果市場では、今回の報道を受けて、店先に並んでいた白菜が捨てられていたと伝えられています。

その白菜がホルムアルデヒド白菜である根拠は、どこにもありません。

それでも、まったく売れなくなってしまったそうです。

 

市場にいた上海の市民は「政府が管理を強化してくれればそれでいい」と話したうえで、こう続けたと報じられています。

「私たちはこうした問題を自分で見つけられないので」

別の人は「もう絶対に買いません」とも。

自分の目では確かめようがない、という一言。

これは、日本のスーパーで買い物をしている人にも、そっくりそのまま当てはまる言葉です。

 

波紋は、海を越えて韓国にも広がりました。

キムチが国民食の韓国では、中国産の白菜が広く使われています。

ソウルの市民からは「普段お店などに行くと、中国産の白菜キムチも多いので心配が大きい」という声が出ていて、店の側からも「心配になるけど、使わないわけにはいかない」という本音がこぼれていたとのこと。

韓国の食品当局も、問題の白菜が国内へ輸出されていないかを確認中だと報じられています。

 

ネットでは、この話をきっかけにキムチそのものを話題にする書き込みが一気に増えました。

ただ、店先の白菜を捨てている上海の店主も、使わないわけにはいかないと言ったソウルの店主も、薬に浸すと決めた側の人ではありません

決めたのは、輸送中の2〜3日を買った買い付け業者のほうでした。

禁止されているものほど検査されない

そして、いちばん気になるのが日本への影響です。

厚生労働省は、問題の白菜が日本に入ってきていないかを確認中としています。

そのうえで、担当者が答えた言葉が、これです。

「ホルムアルデヒドは食品に使っていいものではない。普通では考えられないので、それを対象に(検査を)やっていない」

 

一度読んで、あれ、と思った人が多いんじゃないでしょうか。

使ってはいけないものだから、検査の項目に入っていません。

言われてみればその通りなんですが、ちょっと待ってください、と言いたくなる話でして。

 

この答え方をそのまま受け取ると、輸入食品の検査は「使われる可能性があるもの」を想定して並べられている、ということになります。

裏を返すと、こうです。

誰も使うはずがないと思われているものは、検査の項目にそもそも入ってきません。

今回の件でこわいのは、白菜そのものよりも、この順番のほうなんです。

 

検査という言葉には、網の目を細かくしていけば何でも引っかかる、というイメージがあります。

でも実際の網は、想定した魚の大きさに合わせてだけ編まれているわけです。

想定の外から来たものは、網が粗いのではなくて、その場所に網が張られていません。

だから、目を細かくしたところですり抜けてしまう。

 

実際、この問題を最初に見つけたのは、行政の検査ではありませんでした。

中国の当局でも、市場のプロの目でもありません。

畑にカメラを向けた、一人のブロガーです。

中国が全国の抜き取り検査に動いたのも、日本が確認を始めたのも、その動画が広まってからの話でした

 

これを、中国の管理がゆるいから、で片づけてしまうと少し違う気がします。

禁止が徹底されているものほど、探しに行く人がいなくなる。

その構造そのものは、どの国の検査にもついて回るものだからです。

日本に入る白菜は1〜2%という数字

では、日本の売り場に中国産の白菜はどれくらい並んでいるのでしょうか。

エコノミストの門倉貴史は、日本の白菜・キャベツの輸入割合は1〜2%に過ぎず、平年であれば中国産はほとんど流通していないと指摘しています。

数字だけを見れば、ひとまず胸をなでおろせる話です。

 

ただ、そのあとに続く一文のほうが大事でして。

昨年のように天候の影響で国産が供給不足になり、価格が高騰した場合には、安い中国産の輸入が一時的に増えることがあるとのこと。

そして、輸入する白菜・キャベツの9割は中国産だと書かれています。

 

白菜やキャベツの値札を見て、思わず二度見した時期を覚えている人も多いはず。

あのとき、売り場の隙間を埋めていたのが輸入品でした。

つまり日本の食卓と中国産の距離は、1〜2%のところで固定されているわけではないんです。

国産が不作の年ほど、向こうから勝手に近づいてくる

安心の根拠が、その年の天気だのみになっている、というわけです。

 

ここが、今回の騒動をよそ事にしきれない理由だと感じます。

去年の高騰がもう一度来たとき、売り場に増えるのは同じ産地のものです。

そのときには、検査の網の話が急に自分の話になります。

門倉は、国産が足りなくなったときの調達先を、ベトナムなど中国以外へ切り替える必要があるとも書いていました。

キムチと冷凍野菜はどうなるのか

ここまでは、丸ごとの白菜の話です。

今回の騒動でネットに多かったのは、むしろその先の心配でした。

キムチ、冷凍野菜、惣菜、外食。

産地の札から離れたところにこそ、輸入野菜はたくさんいるんです。

 

生鮮売り場の白菜なら、原産地の表示を見れば産地はわかります。

キムチのようなパック商品も、原材料の表示を追えば、白菜の産地まで確かめられるものが少なくありません。

一方で、店で出てくる料理や、その場で調理された惣菜については、買う側から追いかける方法がないのが正直なところ。

ラーメンにのった野菜も、弁当の付け合わせも、そこまでは書いてありません。

心配の声が加工品に集まったのは、ここが理由だと思います。

 

ただし、いまの時点で、日本国内から問題の白菜が見つかったという発表は出ていません。

厚労省も、中国からの報告を受けて必要な対応をとりたい、という確認中の段階です。

冷凍庫を開けて中身を捨てる、という話ではありません。

 

そのうえで、今日からできることを3つだけ挙げておきます。

  • 白菜を買うとき、産地の表示をひと目見る
  • キムチは、原材料の表示で白菜の産地まで見る
  • 国産が高い時期ほど、この2つを思い出す

効いてくるのは、たぶん3つ目です。

中国産が増えるのは、国産が高い年

安いほうへ手が伸びるのは当たり前のことなので、そのときにだけ表示を見る癖があれば足ります。

 

発がん性についても、必要以上に怖がる材料はいまのところ出ていません。

米がん協会によれば、比較的高濃度のホルムアルデヒドにさらされることは特定のがんとの関連が指摘されている一方、少量の曝露による影響はあまりはっきりしないとされています。

問題なのは量の多い少ないより、使ってはいけないものが入っていたという事実のほうです。

その理由が、輸送中の2〜3日をのばすためだった、というところも含めて。

 

行政の検査でも、市場のプロの目でもなく、畑で回された1本の動画。

そこから全部が動き出したという順番のほうが、白菜そのものより落ち着かないと感じてしまいます。

もちろん、いまの時点で日本の売り場から問題の白菜が見つかったという発表はありません。

そして買う側が自分で確かめられるのは、結局のところ、袋に貼られた産地のシール1枚くらいのものです。

中国産を怖がるより、その1枚をひと目見る癖のほうが、たぶん長く役に立ちますね。