2026年10月17日の午後、フランス南西部ボルドーの目抜き通りで、黒い服に覆面をした若者たちが次々と店を襲いました。

その中には、高級ブランドのルイ・ヴィトンの店も入っていたと地元紙が伝えています。

同じ日、パリでは高級ブティックが並ぶモンテーニュ通りのセリーヌが荒らされ、ガラスが割られた店先の写真が日本のネットにも流れてきました。

物価高や教育への抗議だったはずのデモの日に、なぜ高級ブランドのバッグが持ち去られるのか。

そもそも、ネットで名前が挙がっている高級店は、本当に全部やられたのでしょうか。

今回は、高級ブランド店はどこまで本当に狙われたのか、壊された店の損は誰が払うのかまで、フランスの報道をもとにわかりやすく解説していきたいと思います。


覆面の集団が来たボルドーの午後

まずは、あの日のボルドーがどんな一日だったのか。

10月17日のデモはSNSでの呼びかけから広がったもので、取りまとめる組合や政党はいなかったそうです。

燃料代や生活費の値上がりへの不満に、高校生や大学生の教育の訴えが重なりました。

内務省の発表では、全国でおよそ55万人が街に出たと報じられています。

ボルドーの行進は午後2時に集まったとのこと。

地元紙のスッド・ウエストは、列の前には組合の旗や家族連れ、太鼓を鳴らす人たちがいて、後ろには黒いパーカーの集団がいた、と書いています。

 

最初に襲われたのは、小さなスーパーでした。

午後3時ごろ、覆面の若者たちが消火器や道路の標識の棒で店を壊し、店長は殴られたそうです。

「様子がおかしくなってきたので、店のシャッターを閉めようとしたけれど、もう遅かった」という店長の言葉が載っていました。

 

そこから先は、目抜き通りのサント・カトリーヌ通りで、店が次々と空にされていきます。

フランスの通信社AFPが名前を挙げたのは、スポーツ用品のデカトロンとインタースポーツ、アップルストア、化粧品のノシベ、スニーカーのスナイプス。

スッド・ウエストの記事には、そこにジャック&ジョーンズ、ゲーム店のマイクロマニア、そしてルイ・ヴィトンの名前が並んでいました。

盗んだボールで、そのままサッカーやバスケットボールを始める若者までいたそうです。

その日のボルドーでは23人がけがをして、うち15人は警察などの治安部隊、逮捕者は55人と伝えられています。

県知事の公邸にまで人が押し入り、警察の特殊部隊が出動する騒ぎになりました。

 

「ルイ・ヴィトンのバッグを盗むことと、教育改革に何の関係があるんだろうね?」という声が出ていますが、フランスの現場にも、同じことを口にした人が。

荒らされる店の前で、「それが原因じゃない!」と叫んで止めようとした女性の映像も、日本語の訳つきで広まっています。

列の前を歩いていた人たちの訴えまで、略奪の映像の陰に隠れてしまった一日でした。

 

報道で確かめられた高級店は3店

次に気になるのは、ほかの街でどの高級店がやられたのか、ですよね。

日本のネットには、ルイ・ヴィトン、エルメス、ディオール、セリーヌ、ロレックスと、名だたるブランドの名前がずらりと並んでいます。

ところが、フランスの大手の報道で店の名前まで確かめられる高級ブランドは、いまのところ3つの街の3店でした。

1店目は、ボルドーのルイ・ヴィトン。

2店目は、リヨンのルイ・ヴィトンで、地元紙のリヨンマグが、エドゥアール・エリオ通りのルイ・ヴィトンやノース・フェイスが略奪されたと伝えています。

3店目が、パリのセリーヌです。

ファッション業界の専門ニュースのファッションネットワークは、モンテーニュ通りのセリーヌが略奪されたと報じていて、そこはデモの行進のルートから離れた場所だったとも書いています。

一方で、フランスの大手の報道を探しても、エルメスとディオールの略奪は確かめられませんでした。

この2つの名前が出てくるのは、インドの新聞など海外のニュースサイトと、ネットに流れている動画です。

ロレックスも同じで、マルセイユで店がやられたという投稿は広まっていますが、フランスの報道で店まで確かめられたものは見つかっていません。

ネットで「エルメスもディオールもやられた」と言い切るには、まだ材料が足りないということ。

名前の大きいブランドほど、確かめられる前に話が先へ進んでいく形です。


荒らされた店の一覧に並ぶ名前

では、実際に荒らされた店を全部並べると、どんな顔ぶれになるのでしょうか。

フランス24とファッションネットワークが名前を挙げた店は、街ごとに次のとおり。

  • パリ=スーパーのモノプリやフランプリ、冷凍食品のピカール、マクドナルド、下着のエタムなど
  • リール=アップルストア、化粧品のセフォラ、地元サッカークラブの公式ショップなど
  • リヨン=家電のブーランジェ、ナイキ、ヒューゴ・ボス、セフォラなど
  • ナント=スニーカーのフットロッカーとクルイール、家電と本のフナック
  • その他=ストラスブールのプライマーク、クレルモンフェランのザラ、ポワティエのセフォラなど

こうして見ると、高級ブランドは一覧の中のほんの一部なんです。

大半は、スーパー、スポーツ用品、化粧品、スニーカー、スマートフォン。

どれも、街の中心で毎日ふつうに開いている店ばかりでした。

 

では、やられた店とやられなかった店は、どこで分かれたのでしょうか。

報道を読み比べると、答えは値段ではなく、店の守りの厚さに出ていました。

パリのシャンゼリゼ通りの店は、前もって板で店先をふさいでいたとのこと。

そのすぐ近く、モンテーニュ通りのセリーヌは荒らされています。

リヨンでも、店主たちは前もってショーウィンドーを覆い、午後はシャッターを下ろしていました。

ただ、それをやっていたのは主にレピュブリック通りで、エドゥアール・エリオ通りではあまり行われていなかったとのこと。

略奪が集中したのは、そのエドゥアール・エリオ通りでした。

しかもリヨンマグは、機動隊がその一帯にいなかったと書いています。

そしてセリーヌがあったのも、行進のルートから外れた場所でした。

高級ブランドばかりが狙われたように見えて、実際には守りの手薄なところから順に荒らされていったんです。

 

高級ブランドの名前が見出しになるのは、一覧の中でいちばん目を引くから。

その陰で、毎日の食材を売る街のスーパーや、シャッターを閉め損ねた個人の店が、同じように空にされています。

ラコステやエーグルを持つ会社MFブランズのティエリー・ギベール社長も、両ブランドの店が略奪されたとして、「壊されているのはショーウィンドーだけではなく、何千人もの雇用と、何年もの仕事と、技術が危険にさらされている」という意味の言葉を投稿していたそうです。

 

店の前に並ぶスーツの警備員

ネットでいちばん素朴だったのが、「警備員は何してる?」という声でした。

あれだけの人数に入られたら、店の警備員は何もできないのか。

そこで目を引いたのが、パリのディオールの本店の前に、スーツ姿の男性たちが一列に並んでいる写真です。

海外のニュース系アカウントが「ディオールは自前の警備チームで店を守った」と紹介して、日本でも広まりました。

ディオール自身は、この写真について何も発表していません。

並んでいるのが誰に雇われた人なのかも、外からは分からないままです。

 

ただ、どこの誰であれ、店の前に人が立つこと自体には、はっきりした役目があります。

フランスの民間の警備員には、警察のような特別な権限はありません。

泥棒を捕まえてよいのも、一般の市民と同じく、目の前で犯罪が起きたときだけなんです。

現行犯なら誰でも犯人を捕まえて警察に引き渡せる、という刑事訴訟法の決まりに、警備員の権限も乗っています。

パリ地域の商工会議所がまとめた店の警備員の仕事の手引きには、店の人が立ち会っていないとき、警備員の仕事は「予防と抑止だけ」とまで書かれていました。

店の前に人が並ぶのは、ここは守られていると見せて、入る気をなくさせるため。

板でふさいだシャンゼリゼの店と同じで、人で組んだ囲いのようなものです。

覆面の集団が数十人で押し寄せてきたら、警備員にできるのは、警察を呼ぶことと、自分のけがを避けることくらいでしょう。

「警備員は何してる?」と聞かれたら、見張って通報するところまでが、もともと任された仕事なんですよね。


割られたガラス代を払うのは誰か

割られたガラス、持ち去られた商品、閉めていたあいだの売り上げは、誰が払うのか。

まず保険です。

フランスの保険の法律は、戦争や内乱と並んで「暴動や民衆の騒ぎ」による損害を、特別の約束がない限り保険会社は払わない、と定めています。

店の保険に暴動の特約が付いていなければ、保険からはお金が出てきません。

 

ところが、フランスにはもう1本、少し変わった法律があります。

国内の治安についての法律が、集まった群衆が力ずくで起こした犯罪の損害について、国が責任を負うと定めているんです。

2019年3月16日、燃料税への抗議から始まった「黄色いベスト運動(ジレ・ジョーヌ)」のデモで、シャンゼリゼ通りの80店が被害を受けたときも、パリ市は、補償はまずそれぞれの店の保険の契約しだいで、そのうえで国の責任が問われうる、と案内していました。

物価高への抗議の日に壊された店の損を、最後は国の税金で埋めるかもしれません。

 

そして、この法律には、もう一つ大事な線が引かれています。

フランスの最高行政裁判所である国務院は、2023年の判断で、抗議の集まりから離れた一部の人たちが、前もって決めて組織立って壊した場合は、この「群衆」には当たらないとしました。

その場の勢いで起きた壊し方なら国の責任になりうる一方、前もって準備した集団の仕業なら、国は責任を負わないということ。

今回、覆面をそろえて店を回った人たちの行いがどちらに入るのかは、これから裁判所が一件ずつ決めていきます。

もし準備してきた集団の仕業と判断されれば、国からの埋め合わせはなく、頼れるのは店の保険だけ。

なお、国が払った場合には、そのお金をあとから犯人に請求できることも、同じ法律に書かれています。

全国では市役所まで襲われ、中部のリモージュでは市庁舎が焼けました。

その夜、マクロン大統領は「壊し、県庁や商店を襲い、市役所まで略奪した者は、追及され、罰せられる」と投稿しています。

ルイ・ヴィトンの名前で知ったこの騒ぎも、ふたを開けてみれば、守りの薄かった街のスーパーや家電の店が同じように空にされた一日だった、ということですね。