飲食店の黒手袋が嫌われる本当の理由|青い手袋との違い

「黒手袋には近付かない。コレ鉄則。」
大阪に新しくできるラーメン店を知らせる動画へ、そんな一言が添えられて広まりました。
映っていたのは、真っ黒な手袋をはめた手が、ゆで上がった麺をつかんで湯切りしている場面。
言われてみると、たしかに少し身構えてしまいます。
とはいえ、黒い手袋のお店なんて、あちこちにありますよね。
黒だと嫌われて、青ならいい。
この線は、いったいどこから来たのでしょうか。
今回は、飲食店の黒い手袋が嫌われる理由と、青い手袋との違いについて、わかりやすく解説していきたいと思います。
黒い手袋が映っただけで人が集まった
もともと投稿されていたのは、お店の宣伝にあたる動画でした。
新しい店舗のオープン日と場所を知らせる、ごく普通の告知です。
そこへ「近付かない」という一言が引用の形で付いたとたん、話の中身がまるごと入れ替わりました。
返信欄に並んだのは、お店の感想ではなく、手袋の話ばかり。
- 「黒い食材はたくさんあるから手袋の破片が提供物に入ったときに気が付きにくい」
- 「手袋してる=清潔では無い」
このお店について何かが報じられたわけでも、保健所が動いたという話が出ているわけでもありません。
動画そのものも、麺の湯切りを映しただけの短いものでした。
反応が集まっていたのは起きた出来事ではなく、映像に映っていた色のほう。
それだけに、話はどこまでも広がっていきます。
自分がよく行くお店の手元まで、つい思い出してしまった人も多かったようです。
黒は汚れが目立たないから怖い
では、黒いと何がまずいのでしょうか。
返信欄でいちばん目についたのは、この言い分でした。
黒だと汚れが目立たないので、汚れたまま使い回していても客には分からない、という不安です。
調理の仕事をしているという人からは、こんな声も出ていました。
- 「私は調理員をしています。手袋は必ず青と言われてます」
- 「マニュアルにはメニュー毎に手袋を替えると書いてあり実施しています」
- 「食中毒はホント怖いので細心の注意を払って毎回仕事してます。気にしすぎくらいが良いのかも」
現場で毎日さわっている人ほど、色そのものより替える回数の話をしているのが印象に残ります。
もう一つ、温度が高かったのがこちらです。
- 「手袋して麺に触れ そのまま棚に触り 具材が入った器を取り 具材に触る…何のために手袋してる?」
- 「一番怖いというか、頭悪いのは『手袋してるからベタベタ触ってもいい』なんだよね」
どちらも色ではなく手の行き先のほうを見ています。
一方で、引用のほうには押し返す声も並んでいました。
- 「流石に、黒手袋使ってるだけでそれは主語デカすぎるでは?」
- 「黒を使う理由ってなんなんだろ?」
最後の一言が、いちばん素直な疑問ではないでしょうか。
嫌われているのは分かった、では、なぜわざわざ黒を選ぶのか。
現場が青を選ぶのは清潔だからではない
手袋を作って売っている側の説明を読むと、話の順番が少し変わってきます。
食品を扱う現場で青が定番になっている理由は、こう書かれていました。
青色は自然界の食品に少ない色とされ、異物の識別に役立つと考えられています
万が一手袋の一部が混入した場合でも色の差で気づきやすくなります
出典:明成株式会社「食品加工所で青色のニトリル手袋が選ばれる理由とは?」
たった2行ですが、言っていることはなかなかのものです。
青が選ばれているのは、清潔に見えるからではありません。
ちぎれた手袋が料理に入ってしまったときに、見つけられるから。
つまり現場は、手袋を「汚れを防ぐ道具」ではなく、いつか料理に混ざるかもしれないものとして選んでいます。
色に感じる清潔さと、現場が色に持たせた役目は別ものでした。
言われてみれば、厨房で青い食べ物を見かけることは、まずありません。
食品に無い色だから選ばれている、というのが、あの青の正体でした。
色を作業ごとに分けて、動線を分かりやすくする使い方もすすめられています。
下処理はこの色、仕上げはこの色、と決めておけば、間違って持ち込んだときに目で気づける。
どの説明も、清潔さではなく「まちがいが起きたときに分かるかどうか」を軸にしていました。
黒い手袋も異物対策として売られている
では、黒い手袋のページはどうなっているのでしょう。
同じように手袋を売っている会社の説明を、今度は黒い手袋のページで読むと、こうなっていました。
白米や野菜、肉といった多くの食品と色が対照的なので、破片が混ざっても見つけやすい。
青とほとんど同じ理屈で、黒もすすめられているのです。
あわせて、汚れが目立たないこと、オープンキッチンでスマートに見えることも、黒の利点として並んでいました。
「黒を使う理由ってなんなんだろ?」への答えの一つが、ここにあります。
海外のSNSから、黒い手袋で調理する動画や画像が広まって、かっこいい手袋といえば黒、という印象が強くなった。
売っている側が、そう説明していました。
そのうえで、返信欄のあの一言へ戻ってみてください。
「黒い食材はたくさんあるから手袋の破片が提供物に入ったときに気が付きにくい」
ラーメンには海苔もきくらげも入りますし、黒っぽい香味油が浮いていることも。
白いごはんでは見つかる黒い破片が、黒い具の中では紛れます。
色に正解があるとすれば、それは青が正しくて黒が間違い、という話ではありません。
お店が何を出しているかで、見つけやすい色のほうが動く。
返信欄にいた人たちは、メーカーの説明を読んだわけでもないのに、同じところを突いていたことになります。
国の決まりに色の指定は一行もない
では、決まりのほうはどうなっているのでしょう。
厚生労働省が出している「大量調理施設衛生管理マニュアル」には、使い捨て手袋についての記載があります。
手洗いをする場面を並べたうえで、そこへこう書き足されていました。
なお、使い捨て手袋を使用する場合にも、原則として次に定める場合に交換を行うこと。
① 作業開始前及び用便後 ② 汚染作業区域から非汚染作業区域に移動する場合 ③ 食品に直接触れる作業にあたる直前 ④ 生の食肉類、魚介類、卵殻等微生物の汚染源となるおそれのある食品等に触れた後、他の食品や器具等に触れる場合 ⑤ 配膳の前
出典:厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」
汚染作業区域というのは、肉や魚の下処理をする側のこと。
非汚染作業区域は、加熱が済んだものや、そのまま出すものをあつかう側を指します。
4つめが言っているのは、生の肉や魚をさわった手袋のまま、出来上がりの側へ行くな、ということでした。
色の話は、一つも出てきません。
決められていたのは、どんな色を着けるかではなく、どの場面で替えるか、のほうです。
手洗いそのものについても、必ず流水と石けんでしっかりと2回、その他のときは丁寧に1回、と細かく書かれていました。
しかもこのマニュアル、どのお店にもかかるものではありません。
適用されるのは「同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上を提供する調理施設」と決められています。
学校給食や社員食堂のような、大きな厨房のための紙。
一度に出す数が多いほど、ひとつの手落ちで倒れる人も増えてしまうからです。
町のラーメン屋さんは、そもそもこのマニュアルの外側。
国の側も、決まりの対象かどうかとは別に、手洗いのほうを繰り返し呼びかけています。
【催事での食品提供 食中毒に要注意!】催事における食品提供による事故が報告されています。衛生的な作業が可能な範囲での提供数、原材料や食品の温度管理の徹底、調理する人の丁寧な手洗いで食中毒予防を!
— 厚生労働省食品安全情報 (@Shokuhin_ANZEN) 2026年7月23日
並んでいるのは、数と、温度と、調理する人の手洗いでした。
金銭をさわった後が項目に入っている
小さなお店には何もないのかというと、そんなこともありません。
2021年6月から、食べ物をあつかう事業者には「HACCPに沿った衛生管理」が求められるようになりました。
小規模なお店は、業種ごとの手引書に沿って進める形。
飲食店向けの手引書を作っているのは、公益社団法人日本食品衛生協会です。
小規模な一般飲食店事業者向けとして令和6年1月に改訂されたもので、協会のサイトで誰でも読めます。
そこを開くと、手袋についての一文が、目立つ形でぽつんと置かれていました。
使い捨て手袋の着用を過信してはいけません。手袋を着用するときも衛生的な手洗いを行いましょう。
出典:公益社団法人日本食品衛生協会「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」
手袋を着けなさい、ではありません。
過信するな、です。
そして、手洗いをする場面として並んでいたのが、この7つでした。
- トイレの後
- 調理施設に入る前
- 盛り付けの前
- 作業内容変更時
- 生肉や生魚などを扱った後
- 金銭をさわった後
- 清掃を行った後
返信欄にあった「レジで現金も触って、その後の手を洗わずに食品触ってる」という違和感。
あれは、気にしすぎな人の感覚ではありませんでした。
「金銭をさわった後」は、国の手引書に項目として並んでいます。
手袋を売っている衛生用品メーカーも、着ける前と替えるときには必ず手を洗うように、と案内していました。
手が汚れたまま着けてしまうと、汚れが手袋の表面へ移って、かえって広げることになるからです。
同じ手引書には、ノロウイルスについての説明も載っていました。
近年の食中毒のおよそ8割が調理をする人に由来するとされ、およそ5割は症状の出ていない人によるもの。
【食中毒続発中!ノロウイルスに要注意!】ノロウイルスによる食中毒が相次いで報告されています。食中毒では主に調理する人の手や指から広がります。石けんによる丁寧な手洗いと食品の十分な加熱で予防を!
— 厚生労働省食品安全情報 (@Shokuhin_ANZEN) 2026年4月27日
手袋の内側にある手が、そのまま出どころになりうる。
だから、着けていることではなく、洗ってから着けることのほうが先に書かれているわけです。
色より先に見ておきたい3つの場面
お店で見ておきたいところが、少し変わってきました。
色は、席に座っていても目に入ります。
替えているかどうかは、目に入りません。
それでも、客席から確かめられる場面はいくつかあります。
- レジでお金を触ったあと、そのまま食べ物のほうへ戻っていないか
- 生の肉や魚に触れた手で、盛り付けへ移っていないか
- 作業が切り替わるところで、手袋を外すか替えるかしているか
どれも、手袋が何色かとは関係のない話ばかり。
そもそも決まりの上では、飲食店で手袋を着けること自体、義務づけられてはいません。
素手で作って、そのつど手を洗う形も認められています。
引用欄にも「素手の方が、小まめに手洗いする意識がつくような気がする」と書いている人がいました。
手袋があるかどうかより、その手袋をどう扱っているか。
見られているのは、どうやらそちらのほうです。
じつは食品に直接ふれる手袋は、食品衛生法では「器具」の仲間。
食品用として、材質や溶け出しの試験に通ったものを使うことになっています。
ただ、これも席からは見えません。
見えるのは、やっぱり色だけ。
そう考えると、「黒手袋には近付かない」があれだけ広まったのも、少し分かる気がしてきます。
みんなが見たかったのは、たぶん手袋ではありませんでした。
きちんとやっているお店かどうかを、座ったままひと目で知りたかっただけ。
ところが手がかりになる決まりは、替えるタイミングも、手洗いも、手袋の材質も、全部が見えないところに書かれています。
残ったのが色だったので、色の話になった。
次にお店へ入ったら、手袋の色ではなく、その手がどこへ行って戻ってくるかを追いかけてみたいところですね。
この記事で参考にした情報
手袋の決まりについては、次の資料を読んで書いています。
- 厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」
- 公益社団法人日本食品衛生協会「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」令和6年1月改訂
- 明成株式会社「食品加工所で青色のニトリル手袋が選ばれる理由とは?」「飲食店が黒色のニトリル手袋を使うメリットとは?」
- サラヤ株式会社「使い捨て手袋(衛生手袋)」
- 厚生労働省食品安全情報(@Shokuhin_ANZEN)の投稿
手引書もマニュアルも、どちらもネット上で公開されているものです。
