家でも店でも、料理が並んだときに「自分の分はあるかな」と数えることって、まずないですよね。

あって当たり前だからです。

その当たり前が1人分だけ抜けている食卓が、Netflixの「ラヴ上等」シーズン2で流れました。

2026年9月1日に配信された回で、転校生として入ったみみの夕食だけが用意されていなかった、という場面です。

配信直後からネットが荒れて、いまも収まる気配がありません。

 

今回は、あの食卓で何が起きていたのかを整理しながら、同じことが職場でも学校でも起きてしまう仕組みについて、わかりやすく解説していきたいと思います。

 

みみの分だけ皿が無かった夜

「ラヴ上等」は、MEGUMIが企画とプロデュースを手がけているNetflixの恋愛リアリティーショーです。

元暴走族や少年院を出た経歴を持つ若者たちが、学校の形をした場所で共同生活を送りながら恋愛をしていく、という異色の番組。

掲げているコンセプトが「恋も喧嘩も命懸け」なので、ぶつかり合う場面が出てくること自体は、視聴者も承知のうえで見ています。

シーズン2の第二期は2026年8月25日から毎週火曜日の16時に配信されていて、舞台は沖縄に移りました。

第11話から第20話までが、この第二期にあたります。

 

みみは、その途中から入った転校生です。

キャバクラで働いているという紹介で、いわゆる後から輪に入る側。

すでにできあがっている関係の中へ、ひとりで入っていく立場でした。

転校生が来た日の空気というのは、ただでさえ張ります。

先にいる側は自分の場所を守りたいし、入る側は早く馴染みたい。

その緊張が、いちばん分かりやすい形で出たのが食卓でした。

 

問題になったのは夕食の場面です。

女子メンバーが食事を作って、テーブルに皿が並びます。

そこにみみの分だけがありません。

1枚足りない食卓を、全員が見ている状態で食事が始まろうとしていた、というわけです。

 

配信されるとすぐに、ネットでは「胸糞」「これはいじめでは」といった声が並びました。

かなりの数の投稿が伸びて、番組を追っていない人のところにまで場面の話が流れていったほど。

見ていて、みぞおちのあたりが重くなった人は多かったはず。

というのも、この形の外し方を、たいていの人はどこかで見たことがあるからなんです。

 

用意されていた昨日のお礼

ここで引っかかるのが、女子メンバー側の説明でした。

報道やネットでの整理によれば、「昨日、男子が作ってくれたお礼として作った」という趣旨の説明だったと伝えられています。

つまり、男子へのお返しとして用意した食事なので、そこにみみの分は無い、という形です。

 

この説明、聞いた瞬間はスジが通っているようにも聞こえます。

でも、同じテーブルに座っている1人だけが食べられないことに、その説明は答えていません

そして、ここがいちばん怖いところなんです。

理由が先に用意されていると、外された側は怒る場所を失います。

「なんで私の分だけ無いの」と言った瞬間に、「そんなつもりじゃない、お礼で作っただけ」と返される側へ回ってしまうからです。

 

学校でいえば、自分の机だけが列から離れているのに「掃除の動線の都合で」と説明されるようなもの。

納得はできないのに、反論すると自分が細かい人になる。

外す側が悪者にならずに済む形が、あの食卓には最初からできあがっていたわけです。

 

理由にはもうひとつ働きがあります。

その場に座っている全員に、座り続ける言い訳を配ってくれることです。

作った本人でなくても、「お礼で作ったんだって」と聞かされれば、とりあえず箸は持てる。

1枚足りない食卓が成立してしまうのは、外した人の悪意より、この配られた言い訳のほうが大きいと僕は見ています。

 

思い出してほしいのが、この第二期でみみに向けて「帰れ」という言葉が飛んでいたことです。

面と向かって言う「帰れ」は、たしかにきつい。

ただ、あれは喧嘩なので、言われた側にも言い返す場所が残ります。

一方で、皿を出さないという形は喧嘩になりません。

誰も声を荒げていないし、誰も手を出していないのに、1人だけが輪の外に置かれる。

言葉を使わない外し方には、謝る対象も、反論する足場も残らないんです。

 

最初に言ったのが本人じゃない

もうひとつ、あの場面には見落とせない事実があります。

皿が足りないことを最初に口に出したのは、みみ本人ではありませんでした

男子メンバーのルネが欠けている皿に気づいて、女子側に事実を認めさせた、と伝えられています。

ルネは、自分が過去に受けたいじめを思い出した、という趣旨のことも話していたそうです。

誰かを吊るし上げるのではなく、みみをかばう形でその場ではっきり口にしたと伝えられています。

 

そして、指摘された女子側はすぐに謝りに行きました。

ネットでは「それなら最初からするなよ」というツッコミが並びましたが、僕はここに別のものを見ています。

すぐ謝れたということは、あの説明が外では通らないと本人たちも分かっていた、ということですよね。

分かっていて、その場では通ると思えてしまう。

輪の内側にいるあいだだけ、理由はちゃんと理由の顔をしてくれるからです。

 

ネットで目立ったのが、年上のメンバーが止めなかったことを残念がる声でした。

若いメンバーが勢いで動くのは分かる、だからこそ落ち着いている側が一言かけてほしかった、という受け止めですね。

実際、輪の中で年長というのは、それだけで一言の重さが違います。

止められる位置にいる人ほど、乗ってしまうと場が固まる。

ここは番組の中だけの話ではなさそうです。

 

もちろん、リアリティーショーである以上、どこまでが素でどこからが番組の作りなのかは外からは分かりません。

ネットにも「演出じゃなかった場合」「ヤラセならおもんない」という声が並んでいました。

ただ、仮に流れが作られていたとしても、1人分だけ抜くという外し方が刺さって見えることは変わりません。

それだけ多くの人が、この形を身に覚えのあるものとして見ているということ。

気になるのは、番組の外でも似た形が動いていることです。

2026年8月13日、MEGUMIはインスタグラムのストーリーで、出演者への誹謗中傷について「傷つけるような言葉を投げかけることは、どうかおやめください」と呼びかけていました。

それでも今回、皿を出さなかった側へ向けて、容姿を持ち出して人格ごと否定する言葉がかなり流れています。

1人を輪の外に置いて、みんなでそちらを向く。

画面の中で嫌だと思ったその形が、画面のこちら側で繰り返されているのは、なんとも据わりが悪いところです。

関連記事はこちら

MEGUMI
MEGUMIのヤンキー好きが胡散臭い…ラヴ上等が炎上した本当の理由Netflixの『ラヴ上等』が、シーズン2の配信開始からずっと燃え続けています。 ただ、いま燃えているのは番組の中身ではありません。 ...

 

職場でも一人分だけ足りない

ここからは、番組を見ていない人にも関係のある話。

「1人分だけ用意しない」は、大人の世界では立派に線を越える行為として扱われています。

 

厚生労働省が職場のパワーハラスメントを説明するときの要素は3つ。

優越的な関係を背景とした言動であること、業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、そして労働者の就業環境が害されること。

そのうえで、代表的な行為を6つの類型に整理しています。

身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の6つ。

 

注目したいのは3番目です。

「人間関係からの切り離し」には、隔離、仲間外し、無視が挙げられています。

つまり、殴ってもいない、怒鳴ってもいない、名指しの悪口すら言っていない行為が、暴行や暴言と同じ表の中に並んでいるわけです。

何もしないことは、何かをすることより軽い。

そう思い込んでいると、いちばん足のつかないやり方で人を追い込めてしまう。

  • 自分の分だけ配られていない会議の資料
  • 自分にだけかからない昼の声
  • 自分が入っていないほうで決まっていくグループの話

どれも、やった側は「たまたま」「忘れてた」と言えます。

言えるからこそ、やられた側は言い出せません。

そして厚労省の整理が見ているのは、やった側の気持ちではなく、そこで働く人の環境が害されたかどうかのほう。

「悪気はなかった」が通用しにくいのは、そこが理由なんですよね。

 

やめなよと言わずに止める手

では、目の前でその形が始まったとき、どうすればいいのか。

正面から「やめなよ」と言うのは、じつはかなり難しい選択です。

場が味方と敵に割れますし、次に外されるのは言った自分かもしれない、という怖さもあります。

だから多くの人は、気づいていても黙って画面を閉じるほう。

今回のルネが効いたのは、そこなんです。

彼が言ったのは、人を責める言葉ではなく「皿が1枚足りない」という事実でした。

誰が悪いという話に入らずに、目の前の欠けだけを口に出す。

これなら、言う側の勇気の量がだいぶ少なくて済みます。

 

もうひとつは、外された人の隣に用件を作ることです。

「これ余ってるから食べて」でも「ちょっと手伝って」でもかまいません。

輪を割る必要はなくて、小さい輪をもうひとつ作ってしまえば、外された状態は成立しなくなります

止めるというより、無効にするやり方。

その場で何も言えなかった日もありますよね。

そういうときは、あとから短く声をかけるだけでも遅くありません。

外された側にいちばん残るのは、外した人の顔ではなく、誰も何も言わなかったという記憶のほう

 

さらに言えば、人の記憶に頼らない形にしておくのがいちばん強いです。

この番組では、シーズン2の前半でアルコールの誤飲が起きたあと、後半の乾杯シーンでコップを色分けするという対応が入りました。

気をつけようと呼びかけるのではなく、物のほうを変えて間違いを防いだ形。

人数を数える係をあらかじめ決めておく、資料は必ず全員分をまとめて配る、といった段取りも同じ発想です。

善意に期待しない仕組みだけが、疲れている日の人間を守ってくれます。

関連記事はこちら

色分けされたコップで乾杯する場面のイメージ
ラブ上等2|乾杯のコップが色分けされてた理由Netflixの恋愛リアリティ番組『ラブ上等2』を見ていて、乾杯のシーンで気づいた人がいます。 出演者が持っているコップが、全員バ...

 

番組の中の話ですし、どこまでが素だったのかも、外からは分かりません。

ただ、皿が1枚足りない食卓は、テレビの向こうだけの出来事ではないですよね。

どんな事情があろうとも、1人分だけ抜いた食卓を前にして笑うのは無理だと感じてしまいます。

もし同じ場面に居合わせたら、何かひとつ用件を作って、隣に座りたいところですね。