東京都教育委員会が2026年9月2日に発表した処分が、その日のうちにネットじゅうへ広がりました。

懲戒免職になったのは、23区内の都立高校に勤めていた53歳の男性主任教諭です。

処分の理由は、当時勤めていた都立高校の女子生徒と、自宅で性行為をしたこと。

その時期が、2001年11月頃から2004年3月頃だと発表されています。

つまり、およそ25年前の話です。

 

反応でいちばん多かったのは、怒りでも同情でもありませんでした。

「そんな昔のことが、いまさら処分になるの?」という戸惑いです。

「時効はないのか」「じゃあ昔の体罰まで遡って裁かれるのか」という声も、かなり集まっていました。

今回はこの「なぜいまなのか」を、制度の側からわかりやすく解説していきたいと思います。

都教委が学校名を伏せた理由

懲戒免職は、公務員に下される処分のなかでいちばん重いものです。

普通なら、教育委員会は処分した職員の氏名を発表します。

ところが今回、都教委は教諭の名前も、学校名も、発覚した詳しい経緯も明らかにしていません

理由として説明されているのが、公表することで被害者が特定される恐れがある、ということでした。

 

名前を伏せたのは、加害者を守るためではありません

25年前に同じ学校にいた生徒を、外から絞り込めてしまうからです。

当時の高校生は、いま40代前半になっています。

学校名と学年が出れば、心当たりのある人にはすぐ届いてしまう距離感ですね。

 

発覚のきっかけについても、伝えられているのは一行だけ。

数カ月前に、被害を受けた女性本人から申し出があった、とのことです。

そこから都教委の調査が始まり、教諭は病気を理由に休暇と休職を取っていたと報じられています。

処分を受けた本人は「自分の行為で被害者を傷つけることとなり申し訳ない」とコメントしているそうです。

事実そのものは争っていない、ということですね。

都教委は「あってはならないこと」として、引き続き厳正に対処するとしています。

 

そして、ネットの反応がいちばん集まったのも、まさにこの一行でした。

25年という数字の前で、多くの人が同じところで立ち止まっています。

責める言葉ではありません。

ただ純粋に、この年数がうまく飲み込めないという戸惑いです。

その戸惑いには、ちゃんと答えがあります。

刑事の時効はとっくに切れていた

まず、いちばん多かった「時効はないのか」から片づけましょう。

答えを先に言うと、時効はあります。

ただし、切れているのは刑事の側だけなんです。

刑事の時効は、正式には公訴時効といいます。

事件から決められた年数が過ぎると、検察官がその事件を起訴できなくなる、という締め切りのこと。

 

ちなみに、18歳未満の子どもとの性行為そのものは、当時から各都道府県の条例で禁じられています。

「昔は自由だった」わけではなく、決まりのほうはちゃんとありました。

では、その締め切りのほうはどうか。

 

性犯罪の公訴時効は、2023年の法改正でそれぞれ5年ずつ延びました。

さらに、被害を受けたのが18歳未満だった場合には、その人が18歳になるまでの年数を足す、という扱いも加わっています。

高校生のときのことを、大人になってから言えるように、という考え方でしょう。

ずいぶん手厚くなったように見えますよね。

 

ところが、この延長が当てはまるのは、改正の時点でまだ時効が来ていなかった事件だけだと説明されています。

2001年から2004年の行為は、2023年の時点ですでに20年前後が過ぎていました。

刑事の締め切りは、法律が変わるよりも先に過ぎていたわけです。

だから今回、警察も検察も出てきていません。

出てきたのは、雇っている側だけでした。

クビにする側には時効がない

ここが、いちばん知られていない部分だと思います。

懲戒処分には、時効の条文がありません

公務員の身分について定めた地方公務員法に、懲戒できる期間の上限が書かれていないからです。

 

刑事の時効は、国がその人を罰する権利の締め切り。

一方の懲戒処分は、雇い主が雇い主として下す判断で、そもそも別の話だ、というわけです。

だから、事実さえ認定できれば、10年前でも25年前でも処分は下せます。

同じ出来事の上を、締め切りのある線と、締め切りのない線が2本走っているんです。

ネットが混乱していたのは、この2本を1本だと思っていたからでした。

「時効なのに処分されるのはおかしい」ではなく、「時効が来ているのは片方だけ」が正確なところ。

 

そして同じ日に都教委が発表した、もう1件の処分が、これをよく表しています。

特別支援学校に勤める48歳の男性主任教諭が、昨年10月、通勤中の電車内で女性の太ももを服の上から触ったとして、停職6か月の処分を受けました。

乗り合わせた警察官に取り押さえられたと報じられています。

そしてこの48歳の教諭は、今年2月に不起訴になりました

刑事の側は罰さなかった、ということです。

それでも雇い主の側は、半年の停職を下しました

時効の話ですらなく、起訴されたかどうかとも関係なく、懲戒の線は別に動いていく。

25年前の一件と同じ日に、その見本まで並んでいました。

 

ちなみにこれは、公務員だけの話でもありません。

会社の就業規則に、懲戒の時効が書かれているとは限らないからです。

自分の会社の規則をわざわざ開いたことのある人は、そう多くないでしょう。

懲戒の項目に年数の縛りがあるかどうかは、読んでみるまで分かりません

免職で消えたのは仕事ではない

ここで一度、数字を並べてみましょう。

処分を受けたのは53歳。

定年までの残りは、そう長くありません。

25年前の行為に対する罰として数えるなら、失われたのは「定年までの残りの職」ということになります。

ただ、話はそこで終わりません。

 

懲戒免職になると、教員免許そのものが効力を失います

そしてもう一つ。

その記録が、特定免許状失効者等データベースというものに載ります。

2023年4月から動いている名簿で、教育委員会や私立の学校法人が、人を採るときに検索できる仕組みなんです。

この名簿は、少なくとも40年分をためておくことになっています

免許が失効すると、その翌日には反映されるとのこと。

 

ここで、報道の中の一行に目を戻します。

処分を受けたこの教諭がいたのは、事件のあった学校ではありません。

現在は別の都立高校に勤めていた、とのこと。

つまり25年のあいだに、この人は少なくとも一度は学校を移り、移った先で主任教諭という立場まで進んでいました。

 

免許が生きているかぎり、人は次の学校へ行けます。

だからこそ、名簿が止めようとしているのは、まさにその移動のほうなんです

別の高校の教壇で、この人は25年ぶんの授業をしてきました。

 

つまり53歳の人が、これから40年ぶんの記録に載ったということ

40年後は93歳です。

事実上、二度と教壇に立てません。

だからこの処分は、25年前へ遡って罰を与えた話ではないんです。

動いたのは過去ではなく、この先の40年のほうでした

 

この差が出るのは、さっきの48歳の教諭と並べたとき。

免許が失効するのは懲戒免職になったときなので、停職だった48歳の教諭のほうは、免許が手元に残ります。

つまり同じ日に発表された2件のうち、名簿に載ったのは25年前の一件のほうだけ

48歳の教諭は停職6か月を受けたあと、9月2日付で自分から辞めました。

 

25年かけて誰にも言えなかったことが、40年ぶんの記録になって返ってきた。

そういう形の処分だった、と見るほうが近いと思います。

ネットには「いまさら罰しても遅い」という声もありました。

けれどこの人は、すでに一度、別の学校の門をくぐっています

遅いか早いかで測るなら、この処分が効くのは25年前ではありません。

次の門の前です。

昔のいじめや体罰まで遡れるのか

さて、リプ欄でもう一つ多かったのが、この不安でした。

25年前は体罰が当たり前の時代だったから、定年間近の先生は戦々恐々になるのでは。

昔いじめられていました、と遡って訴えることもできてしまうのではないか。

ここも、線を分けて見ると落ち着きます。

 

刑事の線には、さきほど見たとおり締め切りがありました。

お金を請求する民事の線にも、締め切りがあります。

人の体や命を傷つけた場合は、相手を知ったときから5年、行為があったときから20年、と民法に定められているからです。

締め切りが無いのは、雇い主が下す処分の線だけ。

 

そしてその線には、もっと高い壁があります。

25年前に何があったかを、いま認定できるかどうか、という壁です。

今回それができたのは、本人が事実を認めたからでした

記憶と証言しか残っていない出来事を、当人が否定したまま認定していくのは、現実にはかなり難しいと言われています。

だから「昔のことが全部掘り返される」というのは、少し違うんですね。

掘り返せるのは、掘り返しても事実が立つものだけ。

逆に言えば、認めた瞬間に年数のほうは関係がなくなる、ということでもあります。

12月から始まるもう一つの確認

最後に、これから変わることを1つだけ。

こども性暴力防止法という法律が、2026年12月25日から動き出します。

日本版DBSと呼ばれているもので、学校や保育所などが、そこで働く人に特定の性犯罪の前科がないかを確認する仕組みです。

すでに働いている人についても、施行のあと順に進めていくことになっています。

子どもに近い仕事へ就く前に、一度その網を通す。

そういう形になるわけです。

 

ただ、この網には目の大きさが決まっています。

さかのぼれるのは、刑務所に入った場合で刑の終了から20年

執行猶予や罰金なら10年です。

今回の行為があったのは、2001年11月頃から2004年3月頃でした。

いまから22年から25年前。

数字を並べるだけで、届いていないことが分かります。

 

しかも今回は、そもそも刑事事件にすらなっていない一件です。

有罪判決が無いので、前科の記録そのものがありません。

日本版DBSの側だけを見ていたら、この元教諭は何も出てこない人として通ってしまいます

止めたのは、もう一方の記録でした

  • 日本版DBS=有罪判決の記録を、最長20年さかのぼって確認する
  • 特定免許状失効者等データベース=懲戒で免許を失った記録を、少なくとも40年ためておく

年数も、拾うものも違います。

どちらか一方だけでは、必ず抜けが出るということ。

今回引っかかったのは、40年のほうの網だけ。

 

逆に言えば、2001年の教室には、こうした確認の仕組みがほとんどありませんでした。

採用のときに過去をたどれる名簿も、前科を確かめる制度も、まだ整っていない時代です。

25年という数字は、その人が逃げ切れていた年数であり、同時に、仕組みのほうが追いついてくるのにかかった年数でもありました。

 

25年前のことをいまさら、と感じた人がいるのも無理はないと思います。

ただ、処分の側に締め切りが無いというのは、裏を返せば、言い出す側にも締め切りが無いということ。

25年かかって、やっと言えた。

そういう順番だったのかもしれません。

どんな事情があろうとも、教える立場の人が自分の家に生徒を上げてよかったはずはない、と感じてしまいます。

言い出すまでに25年かかった人にとって、締め切りが無かったことだけは救いだったのかもしれませんね。