漫画『聖闘士星矢』の作者である車田正美の会社から、46億円を超えるお金が消えていました。

抜いていたのは、25年近くそばにいた元マネージャーの男性だと報じられています。

しかも、それに最初に気づいたのは、社長でも銀行でもありませんでした

2026年9月2日、車田正美の側は東京地裁に訴えを起こし、代理人の弁護士が会見を開いています。

 

金額の大きさに驚いた人が多かった一方で、ネットではもう少し身近な声も広がりました。

「うちの会社でも同じことがあった」という話が、あちこちから出てきたんです。

今回は、46億円がなぜ発覚しなかったのかということと、同じ形が私たちのまわりにもあるという話を、わかりやすく解説していきたいと思います。

気づいたのは社長ではなく税務署

会見で明らかにされた被害額は、46億8617万円だそうです。

桁を見間違えたかと思いますよね。

このうち約18億円はすでに回収できていて、残る28億9688万円の支払いを求めて訴えを起こした、と報じられています。

訴えられたのは、主犯とされる元マネージャーの男性を含む個人7人と、その男性が実質的に支配していた法人4社。

合わせて11の被告です。

ひとりの出来心という規模ではありません

 

お金が抜かれていた時期については、報道によって書き方に幅があります。

2018年から2024年までの6年間としている社もあれば、男性と車田正美の関係そのものが25年前にさかのぼると書いている社もありました。

どこからを横領と見るかは、これから裁判で詰められていく部分になります。

 

それにしても引っかかるのは、これだけの額が抜かれるあいだ、内側の誰も気づけなかったことのほうです。

発覚のきっかけは、2024年2月ごろに入った国税の税務調査だったとのこと。

社内の誰かが帳簿の違和感に気づいたのでも、銀行から連絡が来たのでもありません。

外から来た調査が入って、はじめて見えてきた形。

しかもその調査に対して、男性は車田正美の筆跡をまねたサインと、偽造した印鑑で回答書を出していたそうです。

隠すための手まで、そこに用意されていたわけですね。

 

発覚したときの会社の状態について、車田正美はこう振り返っています。

「横領事件が発覚した当初、弊社の口座残高は僅かしかなく、多額の納税は不可能な状態でした」

「下手をすれば車田プロダクションは倒産、私車田正美自身も漫画家として潰れていたかもしれません」

世界中で読まれてきた作品を描いた人が、税金を払えないところまで来ていたわけです。

 

回収できた18億円のほうにも、事情があったと報じられています。

抜かれたお金が仮想通貨に投資されていて、その資産が残っていたから追いかけられたそうです。

きれいに使い切られていたら、この18億円も戻らなかったことになります

 

開催が予定されていた原画展も、この件で中止になっていました。

ファンの側から見ると、順番は逆だったんですよね。

先に「中止」だけが見えていて、理由はあとから分かった形でした。

来年の春には、都内であらためて原画展を開く予定だと伝えられています。

「先生は人間嫌い」で25年ふさがれた

では、どうして長いあいだ誰も気づけなかったのか。

会見で代理人をつとめる河合弘之弁護士が説明した中身が、この件のいちばん怖いところでした。

 

男性はもともと集英社の契約社員で、車田正美の担当編集者だったそうです。

雑誌が休刊になったあと、車田正美のもとで働くようになったとのこと。

その男性が周りに言っていたのが、この言葉でした。

「車田先生は芸術家で人間嫌いだから人と会わない」

弁護士は会見で、「車田先生を神格化して、気難しい人だから誰とも会わないんだと、話があるなら全部俺に言えと、全部ブロックしていた」と話しています。

うまい嘘だと思いませんか。

悪口ではなく、むしろ持ち上げる形

言われたほうも「そういう人なんだ」と受け取って、それ以上は近づかなくなります。

 

クラスで、先生への連絡が全部ひとりの係を通る形になっているようなものでして、その係が「先生はいま忙しいから」と言い続けるかぎり、誰も先生には確かめに行きません。

係の言っていることが本当かどうか、確かめる方法が、その係を通る以外に無いからです。

 

そのうえで男性は、著作権の管理などを担う3つの会社を立ち上げさせ、経理と対外交渉の両方を握っていたとのこと。

報じられている手口は、大きく3つ。

  • 本来の受取先とよく似た名前の会社を作り、ライセンス料をそちらへ振り込ませる
  • 会社の資金を、自分が支配する会社や個人の口座へ理由なく送る
  • 保険料を再保険・再々保険という形で経由させ、海外の法人へ流す

再保険というのは、保険会社が引き受けた分を、さらに別の保険会社へ渡していく仕組みのことだそうです。

その道すじの途中に自分側の会社をはさんだ形だと報じられています。

 

どれも、外の相手と自分だけでやりとりできる立場がなければ成り立ちません。

帳簿をごまかす技術より先に要るのは、その立場のほう

お金より先に盗まれていたもの

ここまで並べると、この件が「経理をひとりに任せた失敗」だけの話ではないことが見えてきます。

お金が抜かれるより前に、先に抜かれていたものがあるんです

それは、その人を通さずに本人へ届く道でした

 

取引先が疑問を持っても、質問はその人のところで止まります。

社内の誰かが違和感を覚えても、確かめに行く先はやっぱりその人になる。

そして本人に会えない理由は、本人がそう望んでいるからだと説明されているわけです。

こうなると、帳簿を何冊作っても足りません。

見せる帳簿も、説明する言葉も、全部ひとりが選べるからです。

 

だから、金庫の話ではなく窓口の話なんですよ、と言いたくなります。

鍵をいくつ増やしても、その鍵を渡す係がひとりなら、鍵の数は関係なくなる。

25年という長さは、その人が特別に賢かったからというより、確かめに行く道が先にふさがれていたからだと思います。

 

しかもこの形は、いったん出来上がると外からは見分けがつきません。

本当に人に会いたくない人と、会わせてもらえていない人は、外側から見るとまったく同じに見えるからです。

外の人からは、確かめようがありません。

会いに行けないこと自体が、その説明が本当だという証拠のように見えてしまうからです。

 

言い方を変えると、あの一言は嘘の中でもかなり質の悪いほうでした。

「あの人は気難しいから」と言われると、確かめに行かないことのほうが、こちらの気づかいになってしまいます。

疑っていないのではなく、遠慮しているだけ。

それなのに結果は、疑わなかったときと同じところに着いてしまう。

ひとりに集まる形は会社だけじゃない

このニュースが広がったあと、ネットでは自分のまわりの話をする人がたくさんいました。

出ていたのは、こんな言葉です。

  • 一人勘定はダメという典型例
  • 通帳と印鑑は別の人が持つ
  • 信用はしても、信頼はするな
  • 小さい会社でも経理をひとりに全部任せてはいけない
  • 普段使う口座と、社長しか触れない口座を分けておく

会社の話に見えますが、同じ形は会社の外にもいくらでもあります

 

町内会の会費、子ども会や部活の集金、同窓会の積立。

ひとりが集めて、ひとりが払って、ひとりが記録している場面は、思い当たる人が多いはずです。

親の通帳を、きょうだいのうちのひとりが預かっているというのも、これに当たります。

夫婦のどちらかが家計を全部見ている家も、形としては同じです。

 

そしてこうした形は、どれも悪意から始まっていません

むしろ「あの人がいちばんしっかりしているから」という理由で決まったはず。

決めた時点では、それがいちばん正しい判断だったりもします。

そして任されている側にも、辞めどきが見つからないという事情があるんですよね。

自分が抜けたら誰にも分からない状態は、続くほど抜けにくくなるので。

 

怖いのは、その状態が長く続くほど、任せた側のほうが聞きにくくなっていくことです。

何年もやってもらっている相手に「見せてください」と言うのは、疑っているみたいで気が引ける。

その気まずさが、確かめる人をひとりずつ減らしていきます

「あの人は気難しいから」の一言が効いたのと、よく似た仕組みなんですよね。

 

ネットには、こんな疑問も出ていました。

「そんなに抜かれて、銀行は気づかないのか」。

お金が動いた先に別の会社があると、外から見えるのは会社どうしの取引になります。

その取引の中身が本当かどうかを知っているのは、やっぱりその会社の中にいる人だけ。

今日できるのは通帳を見ることではない

では、何をすればいいのか。

通帳をいきなり見せてくださいと言うのは、たぶんいちばん角が立つやり方です。

それに通帳は、見た人が中身を読めるとは限りません。

数字が並んでいても、どれが正しい出金なのかは、任されている人しか知らないからです。

 

もっと手前にできることがあります。

その人以外に、本人へ直接聞ける相手がいるかを確かめることです。

  • お金のことを、その人を通さずに聞ける相手はいるか
  • その人が休んだ日、同じ質問は誰のところへ行くか
  • 一年に一度でも、別の人が同じ書類を見る日があるか

3つとも「いない・ない」なら、金額の大小に関係なく、今回と同じ形になっています。

 

やること自体はむずかしくありません。

担当を代えなくても、確かめる人をもうひとり足すだけで形は変わります

町内会なら、通帳を持つ人と印鑑を持つ人を分ける。

親の通帳なら、年に一度だけ、きょうだいで一緒に記帳を見る日を作る。

会社なら、支払いを承認する人と、実際に振り込む人を分けておく。

 

もうひとりを足すのに、専門の知識も要りません。

通帳の残高と、手元の記録の合計がそろっているか。

見るのはそこだけで十分でして、細かい中身まで分からなくても、ずれていれば聞くきっかけになります。

 

切り出し方に迷う人は多いと思いますが、角が立ちにくいのは、自分の側の都合として持ち出す形です。

「あなたが休んだときに、こっちが何も分からないと困るので」と言えば、疑いの話にはなりません。

実際それは本当のことですし、任されている人にとっても、ひとりで抱えなくてよくなる話でもあります。

 

どれも相手を疑うための作業ではなくて、任された人を守る作業でもあるんです。

何かあったとき、ひとりで抱えている人がいちばんしんどいので。

「あなたを疑っている」ではなく「あなたをひとりにしない」のほうが、頼み方としても通りやすいはずですよね。

 

車田正美は会見で、「怒りというよりも虚しくなった」と話していたそうです。

「一時は私自身も人間不信にもなりかけた」とも。

46億円のうち18億円が戻ってきても、そばにいた人と過ごした25年のほうは戻ってきません。

ただ、この件を「信じたほうが甘かった」で片づけてしまうのは違うと感じてしまいます。

信じることをやめる必要はなくて、信じたまま確かめられる形にしておけばいいだけなので。

任せている人を守るためにも、窓口はひとつにしないでおきたいところですね。