京アニ放火の犯人を主治医が救命した理由…死なせれば終わっていたこと

全身の93パーセントに、やけど。
数字の上で助かる見込みは、2.55パーセントしか残っていませんでした。
その人を、医師たちは4か月かけて生き返らせています。
2019年7月18日、京都アニメーションの第1スタジオに火をつけて36人を死なせた男のことです。
なぜ、そこまでして助けたのか。
この話が回るたび、ネットに並ぶのは同じ問い。
主治医だった上田敬博医師は、治療のあいだ、ひとつの言葉を繰り返していたと報じられています。
「死に逃げ」をさせてはいけない、と。
今回は、その4か月に何があったのかと、犯人が生き残ることで何が変わるのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。
予測死亡率97.45パーセントの4か月
火が出たのは2019年7月18日の午前10時半ごろ。
京都市伏見区にある京都アニメーション第1スタジオに、ガソリンがまかれて火がつけられました。
建物の中には70人ほどの社員がいて、36人が亡くなり、32人が重軽傷を負っています。
火をつけた男自身も、自分でまいたガソリンをかぶる形になり、全身に大やけどを負いました。
搬送先で出た数字が、予測死亡率97.45パーセント。
100人いたら97人が助からない、という意味の数字です。
全身の93パーセントがやけどで、無事な皮膚はほとんど残っていませんでした。
治療にあたったのは、当時、近畿大学病院にいた上田敬博医師のチームです。
壊死した組織を4回に分けて取り除き、コラーゲンでできた人工真皮を貼る。
わずかに残っていた正常な皮膚から培養表皮を作って、それを移植する。
手術は10回を超えたと報じられています。
やけどの治療で大変なのは、手術そのものだけではありません。
やけどを負った体は、毎日ぜんぶ洗います。
数人がかりで2時間。
それを、毎日です。
意識が戻ったのは、およそ1か月後のこと。
9月には気管に入れていたチューブが外れて、声も出るようになったそうです。
そして11月14日、京都市内の病院へ転院しています。
7月19日からかぞえて、およそ4か月でした。
その4か月のあいだ、上田医師は本人に「罪と向き合い、償うべきだ」「命の大切さを理解してほしい」と何度も伝えていたそうです。
治療をしながら、同時にそれを言い続ける。
どんな時間だったのか、外側からは想像もつきません。
正直なところ、この経過を読むだけでは気持ちが追いつかないと思います。
同じ日、あちこちの病院に、火をつけられた側の人たちも次々に運ばれていたからです。
なぜ、この人にそこまでするのか。
その引っかかりは、7年たったいまも消えていません。
主治医が治療中に言い続けたこと
上田医師の説明は、難しい言葉ではありませんでした。
「目の前で絶命しかけている人がいたら救うのが私の職種です」
死刑判決が出た2024年1月25日、記者会見でそう話しています。
葛藤はなかったのか、と聞かれたときの答えも、はっきりしていました。
「俗にいう『葛藤』がなかったのかということに関しては、葛藤はないです。目の前で絶命しかけている人がいるので、救命しないといけない」
迷いがなかったというより、迷う場所が違う、という言い方に近いのかもしれません。
その代わりに気にしていたのは、自分の立場のことではありませんでした。
被害に遭った人とその家族を「落胆させてしまうんじゃないかという勝手な気負いがあった」とも語っています。
医師が背負っていたのは、批判されるかどうかではなく、火をつけられた側がこの救命をどう受け取るか。
そこだったわけです。
そしてもうひとつ、治療の最中から口にしていたのが、冒頭の言葉でした。
「死に逃げ」をさせてはいけない、という言葉。
死に逃げというのは、罪を問われる場に立たないまま、本人が死んでしまうことです。
このまま息を引き取らせてしまえば、あの日に何があったのかを本人の口から確かめる機会が、そこで永久に消える。
それだけは避けたかった、ということ。
判決の日、上田医師はこうも話しています。
「救命して裁判の場に立たせるというところまで来れたことについて、意味があった」
助けたことに意味があった、ではありません。
裁判の場に立たせたところまで来れたことに、意味があった。
判決そのものについては「司法が決めるもので、冷静に受け止めました」と、距離を置いた言い方をしていました。
この言い分けが、今回の話のいちばん深いところにつながっていきます。
犯人が死ぬと裁判は開かれない
ここで、あまり知られていない仕組みの話を1つ。
日本の刑事裁判は、被告人が生きていることが前提の仕組みです。
捜査の段階で容疑者が亡くなれば、検察は「被疑者死亡」として不起訴にします。
起訴されたあとに被告人が亡くなれば、その裁判はそこで打ち切りです。
つまり、犯人が死んだ時点で、法廷は開かれません。
何があったのかを確かめる場も、遺族が言葉を届ける場も、まとめて無くなります。
実際に、そうなってしまった事件があるんです。
2021年12月17日、大阪・北新地のビルに入っていたクリニックが放火され、26人が亡くなりました。
火をつけたとみられる男も意識が戻らないまま、12月30日に亡くなっています。
大阪地検は2022年3月17日、被疑者死亡で不起訴としました。
26人が亡くなった事件なのに、法廷は一度も開かれていません。
動機も、いまだに明確には解明されないままです。
ネットでも、そこに触れている声がありました。
犯行後すぐに犯人が自殺した事件や、犯人がその場で射殺された事件(安全のため仕方ないのだけど)のニュースを見る度に、なぜ身近な人が殺されなければならなかったのか、怒りや悲しみを誰にぶつければいいのか、残された人達が犯人がいなくなった事によって苦しむ姿が印象に残る。
— ao (@amtjpnd) 2026年9月3日
犯人がいなくなったことで、残された人のほうが苦しむ。
言われてみれば、そのとおりだと思います。
一方の京アニ事件では、初公判から判決まで143日の公判が開かれました。
遺族や被害者が法廷に立ち、裁判員が判断し、2024年1月25日に死刑判決が言い渡されています。
本人が「小説を盗まれた」と思い込んでいた中身も、法廷で一つずつ検証されました。
裁判所は、妄想性障害があったことは認めたうえで、犯行への影響は大きくないと判断しています。
ここで効いてくるのが、被害者参加制度という仕組みです。
2008年12月から始まった制度で、殺人などの重い事件では、被害者や遺族が「被害者参加人」として法廷に出られます。
できることは、次の3つ。
- 検察官の隣に座って、公判に出席する
- 証人に尋ね、被告人に直接質問する
- 事実や量刑について、自分の言葉で意見を述べる
つまり、法廷は遺族にとって、判決を聞くだけの場所ではないわけです。
被告に問いをぶつけて、答えるかどうかも含めて見届けられる、たぶん最初で最後の場所。
そしてこの制度は、被告人が生きていなければ、一行も動きません。
もうひとつ、法廷が持っている働きがあります。
何があったのかを、公の場で確かめて記録に残すことです。
事件のあと、ネットには「京アニが盗作したから恨まれたのでは」といった話も流れていました。
その言い分の中身が本人の口から語られ、証拠と突き合わされ、判決文という形で残った。
本人が死んでいれば、盗作の話は誰にも検証されないまま、噂だけが残り続けた。
この二つを並べると、見え方が変わってきます。
医師が4か月かけてつないだのは、犯人の命だけではありませんでした。
遺族が言葉を届ける場所と、何があったのかを確かめる機会を、同時につないでいたことになります。
生かしておくことは、加害者への情けではなく、遺された側に残された最後の権利のほうを守る行為でもあった。
「裁判の場に立たせたところまで来れたことに、意味があった」という言い方は、たぶんそういうことです。
判決の日、亡くなったアニメーターの父親は「死刑は当然だが、息子は戻らない」「最後に残るのは空虚だけだ」と話していたと報じられています。
救われる言葉ではありません。
それでも、その一言を法廷で言えたこと自体は、犯人が生きていなければ叶いませんでした。
救急の現場が患者を選ばない理由
ここまで読んで、「では裁判のために助けたのか」と思った人もいるかもしれません。
そこは、少し違います。
救急の現場には、そもそも患者を選ぶという発想がありません。
医師法の19条には、診察や治療を求められた医師は、正当な理由がなければ断ってはいけない、と書かれています。
応召義務と呼ばれている決まりです。
では、その「正当な理由」とは何なのか。
厚生労働省が2019年12月に出した通知では、緊急で対応する必要があるかどうか、その医療機関で対応できる体制があるかどうか、といった点で判断するものだとされています。
患者がどんな人物か、という項目は、そこに入っていません。
大きな事故や災害の現場で行われるトリアージも、同じ考え方です。
到着した順番でも、立場でもなく、命の危なさの順に手をつけていく。
運ばれてきた人の素性を調べてから治療を始める、という手順は、どこにもありません。
これは、私たちの側から見ると、実はかなりありがたい仕組みでもあります。
倒れて救急車で運ばれたとき、自分がどんな人間かは問われないまま、手当てが始まる。
そこを問われないと分かっているから、誰でもためらわずに119番を押せます。
そしてこの決まりが守っているのは、患者の側だけではありません。
運ばれてきた人が誰かによって手を抜いてよいことになれば、判断するのは現場の医師です。
その日の当直医が、患者の過去を調べて治療の中身を決める。
考えただけで、恐ろしい仕組みだと思いませんか。
その線を、この人は許せないから、という理由で一度でも動かしてしまえば、次はどこで引き直すのか、という話になっていく。
救急の現場が患者を選ばないのは、冷たいからではなく、選び始めたら止まらなくなるからなんです。
7年たっても終わっていない手続き
事件から7年がたちました。
死刑は、2025年1月に確定しています。
本人が控訴を取り下げたためです。
ただ、その取り下げをめぐって、いまも争いが続いています。
弁護側は「妄想性障害のせいで、まともに判断できる状態ではなかった。取り下げは無効だ」と主張してきました。
大阪高裁は2026年3月17日、取り下げは有効だと決定しています。
弁護側は3月23日に異議を申し立て、いまは別の裁判体で審理が続いている状況です。
「まだやっているのか」と思う人は多いと思います。
判決を法廷で聞いたあの父親も、そのとき80歳でした。
待っている側は、確実に年をとっていく。
その苛立ちは、外から見ていてもよく分かります。
ただ、この長さは、本人が生きているから生まれた長さでもあるんです。
北新地の26人には、この時間も、言い分を確かめてもらう場所も、最初からありませんでした。
どちらがましか、という話ではありません。
生かすという判断には、こういう重たい続きが付いてくる、というだけのこと。
上田医師は、いまは鳥取大学医学部附属病院に移っています。
救ったことを誇るような言い方は、報道の中に一度も出てきません。
こうして整理してみても、誰かが救われる結末にはならないところが、いちばんこたえます…。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
