「管理下にって書いてあるけど、実質的には奪い取られたってことだよね?」

JT(日本たばこ産業)のロシア事業をめぐる速報に、こんな声が並んでいます。

11月5日、プーチン大統領が大統領令に署名し、ロシアにあるJTグループの4つの会社が、ロシア企業の「一時管理」に置かれることになりました。

速報にあった「一時的に」という言葉に、かえって引っかかった人も多いはず。

一時って、本当にいつか戻ってくるのか。

 

実はこの「一時管理」には、すでに何社もの前例があります。

そして前例を並べると、「一時」の終わり方は、大きく2つに分かれていました。

今回は、大統領令で何が起きたのかと、「一時」がこれまでどう終わってきたのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。


「事実上の接収」と呼ばれる中身

「奪い取られた」と感じた人は、きっと少なくないはずです。

テレビ朝日系のANNも、今回の措置を「事実上の接収」と伝えています。

対象になったのは、JTの海外子会社JTインターナショナル(JTI)がロシアで持つ、ドンスコイ・タバックなど4つの法人。

ロシアの各地に生産拠点があり、事務所や工場では約4000人が働いているとのこと。

JTIはロシアで長く事業を続け、ロシアのたばこ市場で首位に立つまでになっていました。

共同通信によると、ロシア事業はJTの売り上げ全体の約1割にあたります。

ただ、法律の上での持ち主は、いまもJTのままです。

日本経済新聞は、企業側に所有権は残るものの、事実上経営権を失うと書いています。

持ち主の名前はJTのまま、会社を動かすのはロシア側が指定した別の会社、という形なんですね。

名前だけ残してハンドルを渡すのですから、「奪われた」と受け止めるのも無理はありません。

 

管理を任されたのは、「インダストリアル・アセッツ」という名前のロシア企業。

英字紙モスクワ・タイムズは、ロシアの独立系メディアの調べとして、この会社が登録されたばかりで、治安機関の元職員が持ち主だと伝えています。

時事通信によると、一時管理は2023年、欧米などによるロシア資産の凍結に対抗するため、大統領令をもとに作られた仕組みです。

モスクワ・タイムズによると、この秋だけでも、スイスのネスレやドイツの卸売大手メトロ、フランスのオーシャンなどが相次いで対象になりました。

ANNによると、日本企業が対象になるのは、これが初めてとみられるそうです。

大統領令には理由が書かれていませんが、時事通信は、ロシアが日本への圧力を強めていたと指摘しています。

最近もプーチン氏が北方領土を訪れたり、北海道新聞の記者がロシアの治安機関に拘束されたりしていました。

 

「まだロシアにいたの?」という声と、2022年のJT

ネットには、「まだ居残ってたのが悪い」「とっとと撤退すれば良かった」という声も多く出ています。

たしかにJTは、ロシアがウクライナに侵攻したあとも、ロシアでのたばこ事業を続けてきました。

ただ、何もしていなかったわけでもありません。

2022年3月、JTはロシアでの新しい設備投資と販売促進活動を一時止めると発表しています。

翌4月には、ロシアのたばこ事業をグループから切り離す方針を示し、広報担当者は「事業譲渡を含むさまざまな選択肢を検討している」と説明しました。

では、なぜ切り離しは進まなかったのか。

JTは理由をくわしく語っていませんが、ロシアから出ていくこと自体、簡単ではなくなっていました。

ロシアは侵攻の年の終わりごろから、「非友好国」(ロシアに制裁を科した国々を、ロシアはこう呼んでいます)の企業が持ち分を売るときに、政府の委員会の許可を求めるようになっています。

日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、許可の条件として、鑑定額から大きく値引きして売ることや、売ったお金の一部を国に納めることが定められてきました。

売りたくても、相手と値段を自分だけでは決められない状態だったんです。

 


前例の3社は、どう「一時」を終えたか

では、一時管理になった会社は、そのあとどうなったのでしょうか。

結末までたどれる例として、よく知られている3社を時系列で並べます。

最初はフランスの食品大手ダノンとデンマークのビール大手カールスバーグで、2023年7月にそろって一時管理になりました。

ダノンは2024年5月に、ロシアの乳製品会社への売却を終えて撤退しています。

売却額は177億ルーブルで、専門家が見積もっていた資産の価値(600億〜800億ルーブル)を大きく下回ったと報じられました。

カールスバーグは2024年12月2日に一時管理を外す大統領令が出て、その翌日にロシア事業の売却を発表しています。

3社目は、イタリアの暖房機器大手アリストン。

2024年4月に一時管理となり、2025年3月26日の大統領令で管理が外され、自分の会社として経営が戻りました。

アメリカのブルームバーグは、このときイタリア政府の働きかけがあったと伝えています。

 

3社とも、一時管理は大統領令で始まりました。

外れたことが分かっているカールスバーグとアリストンも、外したのはやはり大統領令です。

どの報道を見ても、何月何日までという期限には触れられていません。

そして終わり方は、2つに分かれています。

ダノンとカールスバーグは、管理が外れても事業はロシア側へ渡り、手放して出ていく形で終わりました。

経営が持ち主の手に戻ったのは、アリストンだけ。

 

JT株のストップ安と、いつものたばこ

いま、いちばん不安を抱えているのは、JTの株を持っている人かもしれません。

日本経済新聞は、11月5日の夜、取引所の外の私設の市場で、JTの株がストップ安(1日に下がってよい幅の限度まで売られること)になったと報じました。

「株は大丈夫?」「減配も待ったなし?」という不安の声も出ています。

ただ、配当がどうなるのかを決める材料は、まだ出そろっていません。

JTは「従業員をはじめとするステークホルダーを最優先に、今後取り得る選択肢を精査している」とコメントしています。

JTの正式な発表は公式サイトのニュースリリースに載るので、ネットの数字や憶測より先に、まずそこを見ておくと安心ですね。

 

「いつも吸っているメビウスは大丈夫なの?」と気にする声もありました。

大統領令の対象は、あくまでロシアにある法人です。

日本で売られているたばこへの影響について、JTからの発表はいまのところありません。


JTの「一時」を左右するもの

前例をふり返ると、経営が戻ったアリストンの裏には、本国の政府の働きかけがあったと伝えられています。

モスクワ・タイムズによると、プーチン氏も、条件が整えば管理を戻すこともありうるという考えを示しているそうです。

前例では、戻るかどうかを決めてきたのは交渉でした。

 

そこで気になるのが、JTという会社の成り立ち。

日本たばこ産業株式会社法の第2条は、政府が常にJTの株の3分の1を超えて持っていなければならないと定めています。

JTは、法律で国が大株主であり続ける会社なんです。

JTの「一時」がどう終わるかは、JTだけでなく、日本とロシアの関係にも左右されていくでしょう。

2022年、ロシア事業を売るのか残すのかを選ぶのはJT自身でした。

今回は、戻すにも売るにも、ロシア側の許しがもう一度要ります。

株を持つ人も、ロシアの工場で働く約4000人も、JTが次に何を選ぶのかを見守りたいところですね。