ネットで「開示請求します」という一言を見かける機会が増えました。

正式には発信者情報開示請求といって、匿名の書き込みをした人が誰なのかを調べる手続きです。

ただ、この言葉には大きな誤解がついて回ります。

開示請求が通れば、その場で相手からお金を取れる。

そう思ったまま使っている人が、実際にかなりいます。

ネット上では、その勘違いを指摘するやりとりが毎日のように流れているほどです。

本当のところは少し違っていて、名前がわかったあとにもう一段階あります。

しかも、そこへたどり着くまでに何か月もの時間とまとまった費用が必要です。

だから同じ「開示請求します」でも、脅し文句で終わる人と、本気で動く人にはっきり分かれます。

今回は開示請求という手続きの中身を、この言葉を今日はじめて調べたという人にも伝わるように、順番に整理していきたいと思います。

開示請求は書き込んだ人を特定するための手続き

発信者情報開示請求は、ネットに書き込んだ人が誰なのかを教えてもらうための手続きです。

ここで押さえておきたいのは、これが「相手を罰する手続き」でも「お金を取る手続き」でもないという点でしょう。

やっていることは、あくまで名前と住所を突き止めるところまでになります。

 

根拠になっているのは、長らくプロバイダ責任制限法と呼ばれてきた法律です。

2024年の改正で情報流通プラットフォーム対処法という名前に変わりましたが、開示請求の仕組み自体はこの流れの中にあると考えて差し支えありません。

匿名のアカウントであっても、投稿したときの通信の記録はサイト側と回線側に残っています。

その記録をたどって、契約者にたどり着くという理屈です。

 

対象になるのは、掲示板やSNSの投稿だけではありません。

レビューサイトの書き込み、ブログのコメント欄、動画のコメントも同じように扱われる対象です。

アカウントを消したあとでも、記録が残っている期間内であれば手続きは進められます。

投稿を削除すれば足がつかない、という話ではないわけです。

 

逆に言えば、この手続きだけで終わることはほとんどありません。

名前がわかったあと、その人にどう向き合うかは別の話として残ったままです。

そこが、開示請求という言葉のいちばん誤解されやすいところでしょう。

聞く相手はサイト側と回線側の2か所

特定にたどり着くまでには、相手が2か所あります。

ひとつは、投稿が載っているサイトやSNSの運営会社です。

ここが持っているのは、投稿したときのIPアドレスや日時といった記録になります。

 

もうひとつが、そのIPアドレスを使っていた回線の会社です。

携帯会社や光回線の会社がこれにあたります。

契約者の氏名や住所を持っているのは、こちら側だけです。

つまり、サイト側に聞いただけでは相手の名前まではわかりません。

 

以前は、この2か所へ別々に手続きをする必要がありました。

まずサイト側へ申し立ててIPアドレスを出してもらい、そのうえで回線会社へ訴訟を起こす、という二段構えです。

結果として1年以上かかることも珍しくなく、途中で記録が消えて終わるケースも出ていたようです。

 

そこで2022年10月から、発信者情報開示命令という新しい手続きが使えるようになりました。

裁判所への1回の申立てで、サイト側と回線側の両方をまとめて扱えるようにしたものです。

あわせて、回線会社に対して記録を消さないよう命じる仕組みも用意されました。

この改正によって、早ければ3か月から6か月ほどで結論が出るようになったとされています。

それでも、思い立ってすぐに名前がわかるような手続きではありません。

通るかどうかは権利侵害がはっきりしているかで決まる

申し立てれば必ず通るわけではありません。

裁判所が見ているのは、権利が侵害されたことが明らかかどうかの一点です。

ここでいう権利侵害は、名誉毀損やプライバシーの侵害、著作権の侵害を指します。

 

通りやすいのは、事実の形で書かれた悪口です。

「あの店は食材を使い回している」。

こういう書き方は、内容が具体的なうえに、その店の評価をはっきり下げるものとして受け止められます。

ここまで来ると名誉毀損として扱われます。

 

逆に通りにくいのが、感想の域を出ない言葉です。

「好きじゃない」「つまらなかった」。

読んだ側がどれだけ嫌な気持ちになったとしても、この一言だけでは手続きは動かないとされています。

不快かどうかと、法律上の権利侵害かどうかは、まったく別の物差しだからです。

もっとも、感想の形をとっていても、前後の文脈から事実を指していると読めるなら話は変わります。

 

この線引きは、ネットでもよく話題になっています。

言い方は軽いですが、実際の判断もだいたいこの方向です。

だから請求する側は、投稿を一つひとつ選んで申し立てます。

気に入らない書き込みをまとめて出す、という使い方はできません。

 

そして、動く前にやることがあります。

投稿の画面を保存しておくことです。

相手が消してしまえば、何が書かれていたのかを示す材料が手元から消えます。

スクリーンショットだけでなく、投稿のURLと日時まで残しておくのが基本です。

 

もうひとつ、混同されやすいのが削除の話です。

消してほしいという請求と、書いた人を知りたいという請求は別のものです。

とにかく今すぐ消したいのなら、サイトの通報窓口や削除請求のほうが早く動きます。

どちらを先に手をつけるかで、そのあとの負担はかなり変わります。

開示が通っても賠償金が決まるわけではない

ここがいちばん誤解されているところです。

開示請求が認められると手に入るのは、相手の氏名と住所という情報だけです。

その時点でお金が支払われることはありません

 

お金の話が動き出すのは、そのあとです。

特定できた相手に対して、慰謝料などを求める話し合いをするか、民事の裁判を起こすことになります。

その裁判で勝って、はじめて賠償額が決まります。

つまり開示請求は、ゴールではなくスタートラインという位置づけです。

 

しかも、相手に支払う能力がなければ、判決が出ても実際には回収できません。

相手が未成年でない限り、その家族に請求することもできないのが原則です。

手続きを終えたのに手元には何も残らなかった、ということが起こり得るわけです。

 

刑事の話も、これとはまた別に進みます。

侮辱罪や名誉毀損罪として扱ってもらうには、警察へ被害届や告訴状を出す必要があります。

民事で賠償を求めることと、刑事で処罰を求めることは、まったく別の線路だと考えておくとわかりやすいと思います。

 

この段取りを知っている人ほど、宣言そのものに冷めた見方をしています。

本気で進めるつもりなら、相手に知らせる利点はあまりありません。

投稿を消される前に記録を押さえるほうが、手続きの上では大事だからです。

開示が通った時点でほぼ負けという見方もある

ここまでを読んで、引っかかった人もいると思います。

実際にネットでは、こういう指摘が出ています。

 

開示請求は、そもそも裁判所に対して行うものです。

その裁判所が「この書き込みは開示していい」と認めた時点で、書いた側はもうかなり不利になっています。

だから開示が通ったなら、そのあとの賠償もほぼ決まったようなものではないか。

 

これは、かなり当たっている見方です。

裁判所が開示を認めるということは、権利侵害が明らかだと判断したということです。

その判断は、あとから起こす損害賠償の裁判でもそのまま土台になります。

実際に請求された経験のある人からは、ネット上の書き込み1件で数十万円という金額がよく語られます。

 

つまり、書いた側から見れば話は単純です。

開示が通った時点で、支払う可能性はかなり高いと考えたほうがいい。

「開示されただけだから平気」は、まったく安全な理解ではありません。

 

それでも、請求する側から見ると景色は変わります。

開示が通ったその日に、お金が振り込まれるわけではないからです。

そのあとに交渉か裁判をもう一度やる時間が要ります。

相手に払う力がなければ、判決が出ても回収はできません。

特定までに使った費用のほうが、受け取る額を上回ることもあります。

 

言い方を変えると、こういうことです。

書いた側にとっては開示が通った時点で赤信号で、請求した側にとってはそこがまだ折り返し地点

同じ一点を、立っている場所によって別の景色として見ているだけなのだと思います。

費用と時間はどれくらいかかるのか

実際にかかるものも見ておきます。

弁護士に依頼した場合の費用は、特定までで50万円から100万円ほどが相場とされています。

ここに、そのあとの損害賠償請求を頼む費用が別に乗ってきます。

 

一方で、認められる慰謝料の額はそこまで大きくならないことが多いようです。

ネット上の書き込み1件で数十万円という水準が語られることが多く、かかった費用のほうが上回る場合もあります

近年は、特定にかかった弁護士費用を調査費用として相手に請求できるとした裁判例も出ています。

ただ、全額がそのまま認められるとは限りません。

 

時間の制約もあります。

回線会社が持っている通信の記録は、3か月から6か月ほどで消えてしまうのが一般的です。

記録が消えたあとでは、たどる先がなくなって特定できません。

書き込みを見つけてから動き出すまでの早さが、そのまま結果を左右する世界だということです。

 

どれくらいで結論が出るのかは、多くの人が気にしている点でもあります。

新しい手続きで短くなったとはいえ、月の単位で見ておく必要があります。

相手が争えばさらに延びますし、途中で手続きが終わることもあります。

思い立った日のうちに片がつくような話ではない、というのが実際のところです。

 

では、弁護士に頼まず自分で進めることはできるのでしょうか。

制度の上では、本人が申し立てをすること自体は可能です。

ただ、書面の作り方も権利侵害をどう説明するかも、そのまま結論に響いてきます

記録が消えるまでの期限つきで進める以上、最初の相談だけでも専門家に見てもらう人が多いようです。

書き込む側から見ても他人事ではない

ここまでは、書かれた側から見た話でした。

書く側に回ると、景色が変わります。

時間も費用もかかるということは、裏を返せば本気の相手は止まらないということでもあるからです。

 

忘れがちなのは、投稿が手を離れたあとに残る記録です。

あとから消しても、サイト側と回線側には一定期間そのまま残ります。

何年も前の一言が急に出てくるわけではありません。

ただ、直近の書き込みは十分たどれます。

 

危ないのは、勢いで書いた一行です。

事実の形で断定した悪口。

相手の勤務先や家族に触れた言葉。

このあたりは、感想の域をあっさり越えます。

自分で書いたつもりのない引用や拡散でも、中身によっては同じ土俵に上がります。

 

反対に、この仕組みを知っていると落ち着ける場面もあります。

「開示請求します」と言われて青くなる人は少なくありません。

けれど、その一言だけで何かが決まることはありません

権利侵害がはっきりしているかを決めるのは、宣言した本人ではなく裁判所です。

脅し文句として使われているだけ、という場面もかなりあるようです。

 

言う側にとっても、言われる側にとっても、この言葉は入り口にすぎません。

その先に何か月分の手続きが続いていると知ったうえで使うくらいが、ちょうどいいのかもしれませんね。