個人情報の漏えいが急増しているのは、中国製のAIのせいらしい、という話。

2026年10月18日の夕方、Yahoo!ニュースのトピックスに【漏えい急増は中国製LLM起因 指摘】という見出しが立ち、ネットには正反対の二つの声が並びました。

「ほらね結局中国に繋がる」という声と、「何でもかんでも中国のせいにするのか?」という声です。

企業や役所からの漏えいの知らせは、もう数える気も失せるほど続いています。

自分の情報もどこかで漏れているのではないかと、うすうす不安に思っている人も多いはずです。

原因に名前がついたように見えるこの見出しが強く読まれたのも、無理はありません。

 

ところが元の記事を読むと、専門家は「原因はこれだ」とまでは言い切っていませんでした。

今回は、中国製LLMが原因という話はどこまで本当なのか、そして自分の情報を守るために何ができるのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。


見出しで消えた「考えられる」

あの見出しだけを見て、専門家が原因を突き止めたのだと受け取った人もいるでしょう。

元になったのは、テレビ高知が10月18日に配信した記事で、取材を受けたのはサイバーセキュリティ会社VLCセキュリティラボの代表、中本有哉でした。

LLMというのは、ChatGPTのような生成AIの頭脳にあたる部分のこと。

中本代表の話の中心は、アメリカの企業が作ったClaudeやChatGPTは危険な指示を「それはできません」と断るのに、中国の企業が作ったLLMは攻撃の指示をそのまま受け取って実行してしまう、というものです。

そのうえで、9月以降の騒ぎとの関係については、こう話しています。

「そのような倫理観が薄いLLMを使った生成AIサービスと、AIが活用できる攻撃ツール群が揃ったタイミングが、このシルバーウィーク前後で、9月以降の全国での騒動に起因していると考えられる」

 

ネットでも、見出しが元の報道より強くなっていると指摘する声が出ていました。

実際に読み比べると、見出しから抜けている言葉は二つあります。

一つは、最後の「考えられる」。

もう一つは、「攻撃ツール群が揃った」という、原因のもう片方です。

中本代表が挙げていたのは〈攻撃に使えるAI〉と〈攻撃の道具〉の二つがそろったことなのに、トピックスの見出しには中国製LLMだけが残っていました。

しかも元の記事の見出しは「不正アクセス急増背景に“中国製LLM”台頭」で、起因という強い言葉を使ったのは、トピックスの側だったんですね。

 

見出しだけ読んだ人が、原因はもう分かった、相手は中国だ、と受け取ってしまうのも仕方のないこと。

では、中国製のAIが攻撃に使われているという話そのものは、どこまで本当なのでしょうか。

 

中国製と米国製の合わせ技

中国製のAIが攻撃に使われた例は、実際に海外で見つかっています。

ただ、報じられた例を並べてみると、どれも中国製だけでは動いていませんでした。

  • アメリカのCrowdStrikeが分析した韓国の金融機関への攻撃(2026年10月)=中国で作られた侵入テストの道具に、アメリカ製のClaude Codeを足していた
  • イスラエルのGambit Securityが見つけた攻撃(2026年9月)=中国製のDeepSeekとKimiに、アメリカ製のClaudeの古い版を組み合わせていた
  • 脅威情報の調査会社Hunt.ioが報告した政府機関への侵入(2026年7月)=作業はClaude Codeに任せ、考える部分をDeepSeekに担わせていた

1つ目の韓国の件では、攻撃した側のサーバーに外から見える場所があり、そこに残っていた記録から組み合わせが分かったといいます。

いちばん規模が大きかったのは2つ目で、Forbes JAPANによると、中国語を話すハッカーが2026年9月10日から15日まで(米国時間)の5日間に、100を超える組織へ攻撃をしかけ、少なくとも30のサイトに入り込んでいたそうです。

かかった費用は総額で約8000ドル、1つの標的あたりでは3〜180ドルほどだったと伝えられています。

 

ここに中本代表の「Claudeは断る」という説明を当ててみると、当たっているのは半分だけ。

ハッカーはClaudeに対して、ペネトレーションテストをしているのだと説明していたとのこと。

ペネトレーションテストというのは、頼まれた会社のシステムにわざと攻撃をしかけて、弱いところを探す点検のことです。

点検のふりをされて、Claude Opus 4.6という古い版は攻撃の手順を引き受けていました。

いっぽうで、より新しいClaudeを使おうとしたときは、利用を阻まれていたそうです。

 

Claudeを作っているAnthropic自身も、2025年11月に、中国の国家が支援するとみられるグループがClaude Codeを使って攻撃を自動化していたと公表しています。

少なくともこの3つの例では、どれも国をまたいでAIが組み合わされていました。


韓国16社の被害で名前が出たARTEX

1つ目の韓国の件で名前が出ているのが、ARTEXという侵入テストの道具です。

韓国では、10月14日に金融当局が、被害を受けた金融機関が16社、漏れた個人情報が約10万件にのぼったと発表しています。

ただ、韓国の担当者は、攻撃に使われた通信の先にARTEXの痕跡があったと話しつつ、確定はできないとも述べていました。

ARTEXは中国のエンジニアが作り、2026年7月にネット上へ公開していたもので、9月3日には、中国で開かれた〈AIを使った攻撃と防御の腕を競う大会〉で優勝しています。

 

ARTEXそのものは、AIではありません。

中央日報の記事によると、AnthropicのClaudeやOpenAIのGPT、中国のDeepSeekなど、さまざまなAIを呼び出して動かす設計になっているとのこと。

中国製の道具の中で、アメリカ製のAIが動くこともある、という作り。

開発者は悪用を受けて、10月上旬に更新をやめ、ソースコードを非公開にすると発表しました。

ただ、すでに配られたコードを回収するのは難しいと伝えられています。

ネットでは日本の漏えいと結びつける声もありますが、日本の被害とARTEXの関係を示した発表は、いまのところ出ていません。

ARTEXの説明書きにも、実在のサイトやサービスへの攻撃に使うことを禁じる一文が入っていたと伝えられています。

 

中本代表が挙げたもう一つの「攻撃ツール群」も、国の名前では分けにくいものです。

会社が自分のシステムを点検するための道具と、攻める側が使う道具は、もともと同じもの。

漏えい対策の道具を探していた個人の開発者が、見つけた道具が攻撃にも使われていると知って驚いた、という投稿もありました。

その道具も、もともとは自分のアプリの穴を、先回りして見つけるための道具だったといいます。

 

日本の漏えいでAIの国名は出ていない

では、日本で続いている漏えいは、どうなっているのでしょうか。

10月11日には、自治体の防災メールのシステムを運営するアルカディア(大阪・箕面市)で不審な動きが見つかり、最大で約313万件のメールアドレスなどが漏れた可能性があると報じられました。

総務省によると、13日の夜の時点で36の自治体がメールの配信などを止めています。

 

国内のサイバー攻撃の情報を集めて各組織と連携しているJPCERTコーディネーションセンターは、10月15日に、攻撃に使われた可能性のあるサーバーを調べた結果を公表しました。

そこには、「攻撃者がAIを利用して、既知の脆弱性のスキャンやAPI経由での攻撃などを実施していたことを確認しました」と書かれています。

APIというのは、スマホのアプリとサーバーがデータをやりとりする窓口のこと。

アプリの中身を解析して、その窓口の弱いところを探していた痕跡も見つかりました。

情報通信研究機構(NICT)も10月13日に、相次ぐ情報漏洩の原因の一つは「アプリ解析からのサーバ攻撃」だという注意を出しています。

原因の一つとして挙げられているのは、私たちが毎日のように開いているスマホのアプリの裏側でした。

 

AIが使われていたこと自体は、JPCERT/CCが確かめています。

ただ、その発表のどこにも、使われたAIの名前や、攻撃した人の国は書かれていませんでした。

どの企業への攻撃でAIが使われたのかも、明らかにされていないとのこと。

警察庁の楠芳伸長官も、10月8日の会見で、相次ぐ攻撃の背景や互いの関連性は明らかではないと述べています。

10月14日、日本法人の設立から1年の節目で来日したAnthropicの共同創業者ジャック・クラークは、日本の件についてこう話していました。

「今回のサイバー攻撃の詳細は把握していませんが、攻撃者が何らかのAIツールを使用している可能性はあると推測します。しかし、AIが自律的に攻撃を行っているという証拠は確認していません」

日本の被害について、使われたAIの国の名前を出した公的な発表は、いまのところ見当たりません。


国の名前で線を引いても止まらない

「中国のせいだ」と「何でも中国のせいにするな」、どちらを信じればいいのか、モヤモヤしますよね。

事実だけで言えば、どちらの言い分にも当たっているところがあります。

中国製のAIや道具が攻撃に使われた例は、海外でたしかに見つかっているんです。

けれども、その攻撃はアメリカ製のAIとも組み合わされていて、日本の被害ではまだ国の名前が一つも出ていません。

 

では、中国製のAIを国ごと締め出せば止まるのかというと、そう簡単にはいかないんです。

DeepSeekのような中国のAIには、中身が公開されていて、ダウンロードすれば自分のパソコンでも動かせるものがあります。

Forbes JAPANの記事も、「米国製の旧世代のモデルと中国製のオープンウェイトAIを組み合わせれば、強力なサイバー攻撃の武器をそろえることができる」と書いていました。

オープンウェイトというのは、AIの中身を公開して、誰でも自分の機械で動かせるようにしたもののことです。

中国製だからという理由だけで、こうした公開型のAIまで悪く言われることに、驚いている人もいました。

一度ダウンロードされたAIは、作った会社でも後から取り上げることはできません。

中国製のAIだけを締め出しても、攻撃する側はアメリカ製の古い版や公開型のAIを、もう組み合わせて使っています。

 

それでも、自分の情報は大丈夫なのか、という不安のほうには、国の名前と関係なく打てる手がちゃんと残っているんです。

テレビ高知の記事で専門家と高知県警が勧めているのは、次の4つ。

  • 漏えいを知らせるメールが来ても、メールのリンクは押さず、自分で検索して公式サイトを開く
  • 使っていないサービスの会員登録を消して、漏れるもとを減らす
  • パスワードを使い回さない
  • 免許証の画像が漏れた可能性があれば、信用情報機関(JICC・CIC・KSC)に本人申告をする
情報漏洩が止まらない…漏れたもの別に今日やることを3パターンで解説情報漏洩のニュースが、止まりません。 京王電鉄、京王プラザホテル、パーク24(タイムズカー)、東京メトロ、日本郵便、ニッポンレンタカー...

見出しの「中国製LLM」は、それだけで目を引く強い言葉。

原因に国の名前がつくと、相手の顔が見えたようで少しほっとする気持ちも分かります。

でも、見つかった攻撃の中身は、国の名前ひとつでは言い表せないものでした。

届いたメールのリンクを押す前に一度だけ手を止めるくらいが、いまの私たちにはちょうどいいのかもしれませんね。