朝の生放送で、平野レミが突然ある話を始めました。

「宣伝はおやめください」「NHKです」「本当にやめてください」。

止められていたのは、12月に開かれるコンサートの告知です。

 

2026年9月21日、NHK総合の「平野レミの早わざレシピ!2026秋」でのことでした。

ネットの反応は、笑う声とあきれる声でちょうど半分に割れています。

なかでも目についたのが「自局の番宣はがんがん流すくせに」という書き込み。

言われてみれば、たしかにそうなんですよね。

今回は、NHKで宣伝がダメだと言われる決まりの中身について、わかりやすく解説していきたいと思います。

三度くり返された制止の言葉

9月21日は敬老の日で、NHK総合「平野レミの早わざレシピ!2026秋」が午前8時20分から生放送で流れていました。

料理愛好家の平野レミは79歳で、この日は右腕にギプスをした姿で現れ、粉砕骨折をしたことを自分から明かしています。

「今日は敬老の日ということで、お年寄りは絶対ころばないように早くけいろう(帰ろう)!ってメッセージを用意していたんですけど、なんとその私自身が、見てください。ポッキリ、やっちゃいました」

いきなり笑いを取りにいくあたりが、いかにも平野レミです。

 

スタジオには浜辺美波、中山秀征、ハライチ澤部佑、そして平野レミの次男の妻である和田明日香。

進行はNHKの安藤佳祐アナウンサーです。

番組はにぎやかに進み、やがて試食のコーナーへ入ったところで平野レミが切り出します。

「あたしさ、12月なんだけど、みんな聞いて。12月なんだけど、兵庫県の…」

ここで安藤アナの声がかぶりました。

「レミさん、公共放送ですよ!」

それでも平野レミは止まりません。

「音楽とお料理のおいしいクリスマスを…」

安藤アナの制止はさらに強まります。

「レミさん、宣伝はおやめください!レミさん、次行きましょう。NHKです!本当にやめてください!」

そして最後まで言い切ってしまいました

「お近くの方は。コンサートやるの。6日6日。伊丹ホール。兵庫県」

極めつけが、このひと言。

「カットしていいわよ」

すかさず「生放送です」とツッコミが入って、スタジオは笑いに包まれたと報じられています。

 

じつはこの日、安藤アナが声をあげた場面はほかにもありました

平野レミが番組の中でモロッコ語について口にしたときにも、「いやいや、そういうことを言わないで下さい!」「それは不適切です!」と止めています。

ガラスの器を鍋のふちにぶつけたときにも、気をつけてという声が飛びました。

日刊スポーツはこの一部始終を「恒例ドタバタ生放送」という見出しで伝えています。

恒例、というのがなんとも味わい深いところ。

 

ネットの温度も見事に割れていて、Yahoo!リアルタイム検索が出している感情の割合では、9月21日の午後1時に見た時点でポジティブが48%、ネガティブが52%

24時間のポスト数は2,298件で、笑っている人とあきれている人がほぼ同数でしたが、そのなかにこんな書き込みがあります。

「別に告知くらいしたっていいじゃんね。だって自局の番宣はがんがん流すくせに。」

「大河ドラマとか朝ドラとかはニュース枠でも無理矢理にでも話題絡めて、鬱陶しい程番宣するくせに」

この引っかかり、かなりの人が持っていたようです。

止めた根拠はたった一行の条文

では、安藤アナが必死に止めた根拠はどこにあるのでしょうか。

放送法という法律の第83条なのですが、条文はおどろくほど短いものでした

協会は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない。

出典:放送法(昭和25年法律第132号)第83条第1項

たったこれだけ。

文中の「協会」というのは、日本放送協会、つまりNHKのことです。

放送法のなかでは、NHKはずっとこの呼び方で出てきます。

似た条文がもう一つあって、第90条は放送大学学園について、まったく同じ言い回しで広告放送を禁じていました。

NHKだけを狙い撃ちした決まりではない、ということになりますが、ではなぜこの2つだけが名指しされているのでしょうか。

 

民放のテレビ局は、コマーシャルの料金で番組を作っていて、スポンサーから受け取る広告費が収入になる形です。

いっぽうでNHKの収入は受信料で、放送法の第64条に受信契約の決まりが置かれています。

広告主からお金をもらわない代わりに、視聴者から直接お金をもらう仕組みなんですね。

だから広告を流す必要がないし、流してもいけない、という整理になっています。

 

ちなみに民放向けには第12条という条文が用意されていて、対価を得て広告放送を行う場合は、それが広告だと視聴者にはっきり分かるようにしなさい、と定めていました。

民放には「広告だと分かるように」、NHKには「そもそもするな」。

同じ法律のなかで、役割によって書き分けられているわけです。

放送法の第1条には、この法律の目的として「放送の不偏不党、真実及び自律を保障すること」という言葉も見つかりました。

お金の出どころが番組の中身を左右しないように、という考え方が土台にあるとみられます。

禁止は「他人の」宣伝だけだった

もう一度、さきほどの条文を読んでみてください。

「協会は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない」

禁じられているのは、他人の営業に関する広告です。

NHKが自分の番組を紹介するのは他人の営業にあたらないので、朝ドラや大河の番宣は、この条文の対象にそもそも入っていません

 

「自局の番宣はがんがん流すくせに」という声に、条文はすでに答えを置いていました。

矛盾しているように見えて、線は最初からそこに引かれていた、ということになります。

そしてこの第83条には続きがあって、第2項にはもう一段おもしろいことが書かれていました。

前項の規定は、放送番組編集上必要であつて、かつ、他人の営業に関する広告のためにするものでないと認められる場合において、著作者又は営業者の氏名又は名称等を放送することを妨げるものではない。

出典:放送法(昭和25年法律第132号)第83条第2項

番組を作るうえで必要で、なおかつ他人の商売の宣伝が目的でないなら、会社名や商品名を出してもかまいません。

つまり法律は、名前を出すこと自体を禁じていないんです。

NHKの放送ガイドラインにも、企業名や営業上の商品名、サービス名、ロゴマークを放送できるのは番組編集上必要で広告目的でない場合だ、という基準が置かれていると弁護士JPニュースが報じています。

条文の言い方をそのまま持ってきた形ですね。

 

では、今回のコンサートはどちらに当たるのでしょうか。

入場料を取って開かれる公演なので、主催する側から見ればこれも営業。

そしてそのコンサートはNHKの営業ではないため、条文の言う「他人の営業」の側に入ってきます

安藤アナが反射的に「公共放送ですよ」と言ったのは、この線を体で覚えているからでしょう。

2024年には、NHKが中国発の通販サービスを特集した内容に「宣伝ではないか」という批判が集まったこともありました。

NHK広報局は、模倣品の販売や安全基準といった複数の課題を伝えるために制作したものだと説明していて、現場が毎回この線の手前で考えている、という話でもあるわけです。

破っても罰は一つも書かれていない

条文だけを見ると、よほど重い決まりに思えてきますが、放送法の罰則をひととおり見ていくと様子が変わりました。

この法律の終わりには、罰則をまとめた条文がずらりと並んでいます。

  • 第183条 役員が賄賂を受け取ったら3年以下の拘禁刑
  • 第185条 認可を受けるべき業務を認可なしで行ったら100万円以下の罰金
  • 第188条 報告や届出をしなかったり虚偽の報告をしたら30万円以下の罰金

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

細かいところまで、きちんと罰が置いてありました。

ところが、罰則のどこを探しても第83条という文字が出てきません。

広告放送の禁止を破ったときにどうなるかは、放送法のどこにも書かれていないんです。

総務大臣が放送の業務停止を命じられるという第174条もあります。

ただしそちらには「特定地上基幹放送事業者を除く」という括弧が最初から付いていて、自分で地上波の放送局の免許を受けている事業者は、この条文の外に置かれる形になっていました。

 

つまり生放送のスタジオには、罰の裏づけを持った人が誰もいなかったことになります。

止める力を持っていたのは、アナウンサーの声だけ。

「本当にやめてください」があれほど必死だった理由は、案外そこにあるのかもしれません。

法律が罰を用意していない場所では、守るかどうかが現場の踏ん張りにかかってきます

モロッコ語の言い間違いを止めたのも、器を鳴らしたときに声をかけたのも、同じ一人でした。

ネットには「結局、平野レミを罰することはしないんでしょ?」という書き込みもありますが、罰する条文がそもそもないので、その見立ては当たっているんですよね。

当たっているからこそ、あの三度の声が重かったところ。

NHKが店名を伏せている理由

NHKの番組を見ていて、こんな場面に出くわしたことはないでしょうか。

おいしそうなお店が紹介されているのに、店名が最後まで出てきません。

話題の商品を扱っているのに、メーカー名を言わずに「ある会社の」で通してしまう。

ロゴにモザイクがかかっているのを見て、そこまでやるのかと思ったこともあるはずです。

 

条文は、さきほど見たとおり名前を出すことを認めていて、番組に必要で宣伝が目的でなければ出していいと書いてあります。

それでも現場が伏せるのは、必要かどうかを決める物差しが条文に書かれていないからです。

「番組編集上必要」。

この一言が何を指すのかを決めるのは、最後は作っている人です。

 

そして判断を間違えたときに待っているのは罰金ではなく批判で、受信料で成り立っている以上、特定の会社を儲けさせたと見られること自体が痛手になります。

だから安全側に倒して、名前を伏せておく。

罰がないからこそ現場がきつく締めるという、逆立ちしたことが起きているわけです。

 

逆に言えば、NHKの番組で固有名詞がはっきり出ていたときは、番組に必要だと判断されたという意味になります。

伏せられているか、出ているか。

そこを意識して見てみると、画面の見え方が少し変わってくるはずです。

今回のコンサートは、告知の場所がちゃんと別にありました

会場である東リ いたみホールの公式アカウントが、番組の流れた朝にこう投稿しています。

チケットが発売されたのは9月3日で、その日も同じアカウントが発売開始を知らせていました。

告知の役目はすでにこちらが果たしていたので、テレビで言わなくても、届く人にはちゃんと届いていたことになります。

 

とはいえ、生放送のあの光景を責める気にはなれません。

79歳が右腕を折ったまま生放送に出て、最後に自分の舞台の話をしていきました。

その流れを笑って受け取った人が半分近くいたことこそ、この件の本当の中身だと思います。

決まりの線を実際に引いているのは、現場に立っている人たちです。

いちばん働いていたのは法律ではなく、安藤アナウンサーの声だったと感じてしまうんですよね。

コンサートは12月6日。

あの告知がもう一度どこかで飛び出すのかどうか、楽しみに待ちたいところですね。