「外国人お断り」と書いた札を出したお店が、300万円を払うことになったことがあります。

20年以上前に、北海道で実際にあった裁判です。

そしていま、ポケモンカードの売り場をめぐって、ネットには同じ問いがずらりと並んでいます。

「何故外国人には売らない コレが出来ないのだろうか?」

その気持ちは、よくわかります。

 

ただ、外国人お断りを本当にやったお店に何が起きたのかは、あまり知られていません。

今回は、お店が引ける線と引けない線について、わかりやすく解説していきたいと思います。

報道が書かなかった三文字

2026年9月16日、ポケモンカードゲームの30周年を記念した拡張パック「30th CELEBRATION」が全国で発売されました。

日テレNEWSは同じ日、東京・秋葉原をはじめ各地の店先に早朝から列ができたと報じています。

午前6時半すぎから、1パック360円の商品を待つ列ができていました。

多くのお店は、この商品を抽選に切り替えていたそうです。

 

その日からネットに流れていった投稿を追いかけると、答えがひとつの方向へ集まっていくのが見えます。

  • 「ポケカとかって 外国人には売らないってやるの だめなんかな?」
  • 「ポケカは外国人と大人には売らないようにすれば良いよマジで」
  • 「もうポケカは 外国人には売らない 大人は大会等の参加履歴の提示 子連れは子供の分だけ販売 でよくね?」

叩いている言葉ではなく、聞いている言葉が混ざっているのが特徴でした。

だめなんだろうか、できないんだろうか、という形です。

つまり多くの人にとって、それは当たり前にできることではありませんでした。

 

一方で、報道を読み返すと様子が変わります。

日テレNEWSにも、店頭の混乱を伝えたマグミクスの記事にも、「外国人」という三文字は出てきません。

書かれていたのは、行列と、抽選への切り替えと、フリマサイトの出品禁止まででした。

 

もちろん、書かれていないから居なかった、という話ではないでしょう。

けれど、いま多くの人が握っている「外国人が買い占めている」という像は、報道からではなく、売り場にいた人たちの投稿から組み上がっています

確かめられているのは、いまのところ列ができたところまでです。

そのフリマサイトの動きは、発売の前日に出ていました。

未開封のパックとカードセットを、期間を区切って出品できなくする措置です。

転売を止める手としては、いちばん強い部類に入ります。

それでも当日の朝には抜け道を突いた出品が並び、店頭の列も消えませんでした。

札を出した銭湯が負けた裁判

では、いちばん多く書かれていた「外国人には売らない」を、本当にやったお店はどうなったのでしょうか。

 

1999年9月、北海道小樽市の入浴施設「湯の花」で、ドイツ人とアメリカ人の男性らが入浴を断られました。

理由は、外国人であること。

店には「Japanese only」の貼り紙が出ていたそうです。

断られたのは、その1回だけではありませんでした。

同行していたアメリカ出身の男性は、その翌年の2000年10月に日本国籍を取得しています。

つまり、書類の上では日本人になりました。

それでも、この男性はあらためて訪ねたときにまた断られています

 

日本人になっても断られた。

このひと言が、「外国人には売らない」という線の中身を全部言い表しているように思えます。

レジや受付でパスポートを確かめているわけではないんです。

確かめているのは、顔と言葉のほう。

2001年2月に裁判が始まり、2002年11月11日に札幌地方裁判所が判断を出します。

外国人あるいは外国人に見える人の入浴を一律に断るのは人種差別であり、不法行為にあたる、という中身でした。

命じられた賠償は、原告3人に対してそれぞれ100万円。

合わせて300万円でした。

 

判決の言い回しが、この線の性質をよく言い表しています。

私人の行為によって他の私人の基本的な自由や平等が具体的に侵害され又はそのおそれがあり、かつ、それが社会的に許容しうる限度を超えていると評価されるときは、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等により、私人による個人の基本的な自由や平等に対する侵害を無効ないし違法として私人の利益を保護すべきである

出典:札幌地方裁判所 2002年11月11日判決

読みにくい文ですが、言っていることは単純です。

私人どうしのあいだのことであっても、社会的に許される範囲を超えたら民法で違法にしますよ、という宣言でした。

 

そう聞くと、引っかかる方がいるはずです。

民法で、というのはどういうことなのでしょう。

差別を禁じる法律で裁いたのではないのか。

国籍で断るなと書いた法律はない

日本には、国籍や人種を理由にした、差別を正面から禁止する法律がありません

 

日本が「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」に加入したのは、1995年12月15日のことです。

ところがこのとき、条約の中身はすでに実施できているという立場をとって、新しい法律を作りませんでした

人種差別の扇動を犯罪とするよう求めた4条には、その部分だけは受け入れないという留保が付いています。

2016年にはヘイトスピーチ解消法ができましたが、あちらは禁止の条文も罰則も持たない、いわゆる理念法です。

向かう方向を示すだけで、違反した人を処罰する仕組みは入っていません。

 

だから小樽の裁判所は、差別禁止法ではなく民法を持ち出すことになりました。

使われたのは、どんな場面にも当てはまる一般条項と呼ばれる条文と、他人に損害を与えた人が賠償の責任を負うという不法行為の規定です。

「外国人お断り」を名指しで禁じた条文は、ひとつもありません。

それなのに、やれば負ける。

書いていないから通る、という道が最初から用意されていないわけです。

しかも負けたときに出ていくのは、罰金ではなく損害賠償のお金。

断られた人が3人なら3人ぶん、10人なら10人ぶん積み上がっていきます。

 

お店の側から見れば、この構図はかなり怖いものに映るはずです。

何人来るか分からない発売日の朝に、差別かどうかの判断を、レジでひとつずつ下せと言われている形ですから。

売り場に立っているのは、法律の専門家ではなくアルバイトの店員さんです。

ヨドバシが引いたのは年齢の線

9月16日の売り場では、お店の側も動いていました。

 

週刊女性PRIMEが同じ日の夜に配信した記事に、具体的な中身が出ています。

ヨドバシカメラ池袋店は、この商品を「未成年(高校生以下の方)への限定販売」としていました。

大型の家電量販店が、発売日に売る相手を高校生までに絞ったわけです。

 

ローソンは午前7時から、1会計につき5パックまで。

一部の店舗では、混雑が予想される発売から2時間を小中高生のみの限定販売にしていたそうです。

ネットには、こんな場面も流れていました。

家電量販店のレジで、抽選に当たった客が電話番号を言えず、店員が「言えないなら売らない」と押し問答になっていた、という目撃の投稿です。

お店が引いた線は、4つありました。

  • 高校生以下であること
  • 1会計につき5パックまで
  • 発売から2時間は小中高生のみ
  • 申し込みのときの電話番号が言えること

どれも、誰かを名指しする形になっていないんです。

国籍も、人種も、出身地も出てきません。

それなのに、朝から何度も並び直して箱ごと持ち帰ろうとする人は、この4つのどれにも引っかかります

 

お店は、人のほうを選べません。

けれど買い方は選べる。

「転売するために来ている」という状態は、人の属性ではなく買い方に出ます

高校生以下限定という線は、外国人を一人も名指ししていないのに、朝の列に並んでいた大人をほとんど全員外しました。

名指ししない線のほうが、名指しする線より遠くまで届いてしまった。

それが、9月16日に起きていたことでした。

 

しかも、この線には裁判の心配がありません。

年齢や購入数で条件を付けることは、どこの売り場でも普通に行われていることですから。

お店が明日から貼り紙を1枚替えるだけで始められます。

 

さきほどの押し問答を見ていた人の投稿には、別のレジで購入回数のきまりを説明しながら客を断っていた店員のことも書かれていました。

その店員さん自身も、外国人だったそうです

名指しされているのは誰なのか

それでも引っかかるのは、ネットで特定の国の名前が挙がっているという点だと思います。

ベトナム、という名前を何度も見かけた方も多いでしょう。

 

出入国在留管理庁が2026年3月27日に発表した統計によると、令和7年末現在の在留外国人は412万5,395人でした。

前の年末より35万6,418人、9.5パーセント増えています

国籍・地域別では、中国が930,428人で1位、ベトナムが681,100人で2位、韓国が407,341人で3位という並びでした。

 

つまりベトナムは、日本でいちばん人数の多い国のひとつです。

街で見かける機会も、コンビニや量販店のレジで顔を合わせる機会も、それだけ多くなります。

ただし、そこから先は資料が何も言っていません。

在留者が多いことと、その国の人が転売をしていることは別の話です

今回の件について、特定の国籍だと報じた大手の記事も見当たりませんでした。

 

よく混ざっている誤解が、もうひとつあります。

外国人が消費税の免税で安く買っている、という話です。

 

免税で買えるのは、在留資格が「短期滞在」などにあたる旅行者だけと決まっています。

対象から外れるのは、日本の事務所に勤めている人や、入国から6か月を過ぎた人です。

国籍が何であっても、この枠には入りません。

働きに来ている人も、学校に通っている人も、この枠の外にいます。

そもそも転売のために買う物は、いまの制度でも最初から免税の対象外です。

 

名指ししているのは、その場にいた人たちの投稿でした。

そして投稿の中には、外国人が断る側に立っていたものも、外国人の店員が詰め寄られていたものも混ざっています。

見えているのは、誰がいたかではなく、誰がいたと書かれたか

ここを分けておかないと、怒りの宛先が一つずつずれていきます。

国は9割取りこぼしたと書いていた

いちばん多く言われているのが、「国は何もしていない」という声です。

これは、していないというより、間に合っていないという形でした。

 

外国人旅行者向けの消費税の免税制度は、2026年11月1日から仕組みごと変わります。

財務省・国税庁・経済産業省・観光庁が連名で出した資料に、変える理由がはっきり書いてありました。

  • 1億円以上を免税で買った人のうち、税関や国税当局が捕捉できたのはごく一部
  • 検査できた人はほぼ全員、国外へ持ち出した事実が確認されず消費税を課された
  • しかもそのほとんどが、納めないまま出国している

資料の言葉では「9割近くが捕捉できず」

そして、こうも書かれています。

「税関検査は任意であり、検査を受けないことを理由に出国を止めることができない」

 

役所の文書で、自分たちが取りこぼしていることをここまで書くのは珍しいことです。

同じ資料には、疑わしい相手への免税販売を避けるために免税販売そのものをやめた事業者が出ている、とも書かれていました。

売るのをやめる、という判断に追い込まれていたのは、むしろお店の側だったわけです。

 

11月1日からは、免税店はいったん消費税込みの値段で売ります。

買った人が出国のときに税関で持ち出しを確認してもらい、そのあとで消費税ぶんが返ってくる。

期限は、買った日から90日以内です。

あわせて、お店が「これは普段の生活で使うものか」を判断する仕事も無くなります。

レジで相手の目的を見抜け、という求め方そのものを、制度の側がやめました

資料には、こんな一文も入っています。

今後、特定の品目で不正が横行すれば、その品目を個別に免税の対象外として追加していく、という趣旨の記述です。

カードがそこに入る道は、制度の中にちゃんと用意されています

 

もちろん、免税の話が行列の全部を説明するわけではありません。

海外との値段の差がずっと大きいですし、国内の転売価格だけでも十分に成り立ってしまう商売ですから。

それでも、「誰も何も考えていない」という感触とは、事実のほうが少し違っていました。

 

朝から並んで買えなかった人の気持ちは、制度の説明で晴れるものではありません。

子どもに買ってあげられなかった週末は、戻ってこないままですから。

 

ただ、あの日に子どもの手までカードが届いたお店の貼り紙には、「外国人」という文字がどこにも書かれていませんでした。

書いてあったのは、高校生以下、1会計5パックまで、小中高生のみ。

名指ししなかった線のほうが、結果として遠くまで届いています。

次の発売日にどのお店が何を貼り出すのか、そこだけは見ておきたいところですね。