2026年9月15日の朝、神戸市北区のアパートで、3階のベランダに出ていた65歳の男性が逮捕されました。

容疑は公然わいせつ。

洗濯物を取り込むために、全裸のままベランダへ出たとされています。

 

このニュースがネットに流れたあと、並んだのは怒りではありませんでした。

「自分の家なのに逮捕されるの?」

「3階なら、下から見上げないと見えないのでは」

そんな戸惑いのほうが、先に目につくんです。

 

なかには「そのうち室内で着替えているのが見えただけで捕まるようになる」と書いている人までいました。

つまりこれは、遠くの誰かの話として読まれていません。

自分の家のどこまでが外なのか、その線が急に分からなくなった

そういう話として、いま読まれているところ。

今回はそこを、条文の側から順番にほどいていきたいと思います。


神戸の朝に何が起きたのか

産経新聞が9月15日の夜に配信した記事によると、出来事があったのは同じ日の午前7時45分ごろ。

神戸市北区のアパートの3階、そのベランダで全裸の体を露出したとされています。

ベランダには格子状の柵があり、そこは遊歩道に面していたとのこと。

そこを歩いていた20代の女性が、男性が全裸でいるのを目撃。

そして女性は、職場を通じて神戸北署へ通報したと報じられています。

 

男性は容疑を認めていて、警察には「普段から室内で全裸でおり、ベランダに用があったのでそのままの格好で出た」と説明しているとのこと。

用というのが、干していた洗濯物の回収でした。

 

朝、洗濯物を取り込む。

ここまでは、どの家でも毎日やっていることです。

違っていたのは服を着ていたかどうかだけで、だからこそ多くの人が「それで逮捕なのか」と引っかかりました。

 

ネットでは「家では裸で過ごす人はいる」という受け止めも出ています。

たしかに、部屋の中でどんな格好でいるかは、本来だれにも指図されない部分です。

そこは、笑うところでも責めるところでもないはず。

 

ちなみに兵庫県内では、去年の5月にも似た逮捕がありました。

神戸市東灘区の集合住宅2階で、自宅のベランダで全裸になったとして51歳の男性が公然わいせつの疑いで逮捕されています(神戸新聞NEXT・2025年5月9日)。

このときの目撃者は下校中の中学生で、通報したのは学校の教諭でした。

 

どちらの回も、目撃した本人が直接110番したわけではありません。

職場を通して、あるいは学校の先生を通して、警察へ届いている形。

今回のニュースだけが特別に厳しかった、という話ではなさそうです。


三階だから見えない、が通らない理由

まず引っかかりのいちばん大きいところ、「3階なのに」から片づけましょう。

公然わいせつは刑法174条の罪で、条文はこうなっています。

公然と、わいせつな行為をした者は、6月以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

出典:刑法第174条

拘禁刑というのは、懲役と禁錮がひとつにまとめられてできた、新しい刑の名前です。

ニュースで見慣れないのは、新しい言い方だからでして、中身としては刑務所に入る刑だと思っていただければ足ります。

 

さて、ここで鍵になるのが「公然」の2文字。

最高裁はこれを、不特定または多数の人が認識できる状態、と示しています(最高裁昭和32年5月22日決定)。

大事なのは、認識「できる」状態、というところです。

実際に何人が見たかは問われません。

弁護士事務所の解説でも、その時点でたまたま通行人がいなかったとしても、認識できる場所であれば要件は満たされる、と説明されています。

だから「見たのは20代女性ひとりだから」は、この罪では反論になりません

同じように「3階だから」も、下の遊歩道から見える位置なら、高さそのものは線引きになっていないことになります。

 

「なんでわざわざ上を見て歩いてたんだ」という声も並んでいました。

気持ちは分かります。

ただ条文のほうは、見た側がどう歩いていたかを一言も書いていません

そして、目撃した人が通報したこと自体は、警察の側がずっと呼びかけてきたことでもあります。

兵庫県警察の公式アカウントが、2024年7月に出していた投稿です。

目撃したら、できるだけ早く通報してほしい。

目撃者しか知らないことがあるから、と書かれています。

 

今回の女性は、警察の呼びかけのとおりに動いた形です。


条文が書いているのは場所ではなかった

ここまでだと「見えたら終わり」に聞こえます。

ところが条文をもう一度読むと、そうは書いていないんです。

 

174条が処罰の対象にしているのは、公然と「わいせつな行為をした者」。

つまり罪の中身は場所ではなく、行為のほうに置かれています

 

では、わいせつな行為とは何なのか。

判例はこれを、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの、としています。

ずいぶん長い言い回しですけれど、見ているのは「どこにいたか」ではなく「そこで何をしていたか」のほう。

着替えているのが見えただけで捕まるのでは、という心配も、ここでいったん落ち着くところ。

刑罰の決まりには、たいてい故意という考え方がついてきます。

うっかりやってしまったのか、分かったうえでやったのか。

うっかりと故意の違いを、法律は無視しないという仕組みです。

弁護士事務所の解説でも、外から見える場所であることが問題になるのは確かとしつつ、成立には見せようとする意思が要る、という説明が置かれていました。

カーテンを閉め忘れていた、という状態。

見えると分かっていて、それでも続けるという場合。

この二つは、条文の上では同じ場所に置かれていません。

 

そう考えると、今回の男性が警察に説明している中身が、少し違って見えてきます。

  • 普段から室内で全裸だったこと
  • ベランダに用があったこと
  • 洗濯物を取り込みに出たこと

どれも、場所の話ではなく、そこで何をしていたかの話です。

つまり本人は、いちばん争いになりそうなところについて説明を残していることになります。

 

そのうえで、報道にあるのは「容疑を認めている」というところまで。

逮捕は捜査の入口であって、有罪が決まったわけではありません

起訴されるのか、されないのか。

それはまだ、どこにも出ていない段階です。


軽いほうの決まりにも「仕方」と書いてある

法律が場所ではなくふるまい方を見ているところ。

それがいちばんはっきり出るのは、実はもう一つの決まりのほうでした。

 

軽犯罪法という、軽い罰だけを集めた法律があります。

罰は拘留か科料。

拘留は30日より短い期間の身柄の拘束で、科料は1万円より少ない金額のお金を納めるもの。

罰金や懲役よりずっと軽い、いちばん下の段にある罰です。

身体の露出について定めているのが、この1条20号。

公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者

出典:軽犯罪法第1条第20号

読んでいただくと分かるとおり、やり方についての言葉が2つ入っています。

「けん悪の情を催させるような仕方で」と、「みだりに」。

条文が線を引いているのは、露出した場所のほうではありません。

刑法174条と、軽犯罪法。

重いほうも軽いほうも、そろって同じところを見ていました

 

ちなみに、この2つの使い分けは混同されやすいところ。

性器を出すなど、性的な羞恥心を害する程度に至れば刑法174条。

しりやももといった、そこまでに至らない部分の露出なら軽犯罪法1条20号のほう、というのが一般的な整理です。

ニュースの見出しで「公然わいせつ」と出るか「軽犯罪法違反」と出るかは、この線のどちら側かで変わってきます。

見出しの温度がずいぶん違って見えるのは、そのせいでもあるわけです。

 

もうひとつ、この軽犯罪法には面白い条文がついています。

第4条に、この法律を使うときは国民の権利を不当に侵害しないよう留意し、本来の目的を外れて他の目的のために濫用してはならない、という一条が置かれているのです。

法律が自分で、使いすぎるなと書き添えている形。

今回の件にそのまま当てはまる条文ではありません(今回は刑法のほうの罪です)。

それでも、こんなことで捕まるのか、というあの気持ちが、まったくの見当違いではないことは分かります。

軽い罰を並べた法律をつくった人たちも、同じところを心配していたということですから。


家の中でも外扱いにする国がある

では、場所そのものを禁じてしまう決まりは世の中に無いのでしょうか。

これが、あるんです。

 

シンガポールには、公共の秩序と迷惑行為について定めた法律があり、その27A条が1996年2月27日から施行されています。

自分の家の中であっても、外から見える状態で裸でいれば、それだけで罪になるという条文でした。

 

罰は2000シンガポールドル以下の罰金か、3か月以下の拘禁、あるいはその両方。

現地の法律情報サイトによると、2009年には自宅の部屋で隣人から丸見えの状態にあった男性が、2600シンガポールドルの罰金を科されています。

しかも、この条文のもとでは、警察官が住人の許可なく家に入って現行犯を捕まえることまで認められているとのこと。

家の中だから、が一切効かない作りになっているわけです。

 

ここで比べると、日本の決まりの形がよく見えてきます。

シンガポールは、見える場所で裸でいること自体に線を引きました。

日本は、その一歩手前で止めて、ふるまい方のほうへ線を置いた

同じ「自宅の窓から見える裸」という材料を前にして、二つの国が別の場所に線を引いています。

今回の件が読む人をここまで戸惑わせたのは、日本の線が場所ではなく、目には見えないところに引かれているからなのかもしれません。

 

線が見えないぶん、自分がどちら側にいるのかも分かりにくい。

ざわついた本当の理由は、どうやらそこにありました。


自分の家で確かめておく三つ

では、自分の家ではどうしておけばいいのでしょうか。

まず、外から見えるかどうかを、自分の目で決めないこと。

部屋の中から外を見たときの感覚と、外から部屋を見たときの見え方は、まるで違います。

1階の窓、道に面したベランダ、塀のない庭先。

一度だけ外に立って、自分の家を見上げてみるのが、いちばん早い確認になります。

昼と夜で見え方がまるで変わるのは、どなたも経験のあるところ。

外が暗くて部屋が明るいほうの時間帯まで含めて見ておくと、確認としてはより確かになります。

 

次に、見えると分かったあとに何をするか。

条文が見ているのは、まさにここでした。

見えないと思っていたのと、見えると知っていて続けるのと。

この二つでは、置かれる場所が変わってきます

逆にいえば、見えないと分かってさえいれば、家の中でどんな格好でいようと、それは誰にも指図されない部分のままです。

 

そして三つめ。

外との境目になる場所は、警察の側も名指ししています。

わいせつ事案の防犯対策として兵庫県警察が並べていた項目のなかに、浴室の窓の施錠が入っていました。

こちらは被害に遭わないための呼びかけなので、向きは今回と逆です。

それでも、家の中でいちばん外とつながってしまう場所として窓が挙がっているところは、同じでした。

 

窓とベランダ。

家の中のつもりでいるのに、外からはいちばん見えている場所

今回の件で線が引かれたのも、まさにそこでした。

 

朝、洗濯物を取り込むだけのことが、こんな話になるとは、たぶん誰も思っていなかったはずです。

ややこしい条文の読み方を覚えて帰る必要は、べつにありません。

ベランダに出る前に、いちど外を見ておく。

持って帰れるのはそれくらいのことでして、そして、それくらいで足りる話でもあります。