田んぼや畑のまわりでは、電気柵はよく見かけるものです。

イノシシやシカを寄せつけないために、細い線を何段か張って、そこへ電気を流す柵。

その電気柵の事故を描いた1枚の図解が、2026年10月4日、「自作トラップで遊びに来た親戚を」という言葉つきでネットに流れてきています。

反応のなかには、「電気柵禁止にしろよ」という声もあれば、「漏電遮断器ついてたら、野生動物防げないじゃないですか」と首をかしげる声もありました。

 

その少し前には、稲刈り中に電気柵へ触れてしまったアイドルの動画が、笑い話として広く見られていたところです。

同じ「電気柵」という名前なのに、片方は笑い話で、片方は命に関わる事故。

そこで今回は、2015年に静岡県西伊豆町で起きた電気柵の事故を振り返りながら、ふつうの電気柵とは何が違ったのかをわかりやすく解説していきたいと思います。


西伊豆の電気柵事故で本当に起きたこと

あの図解のもとになったのは、11年前の夏の出来事です。

2015年7月19日の午後4時半ごろ、静岡県西伊豆町一色を流れる仁科川の支流で、子どもを含む7人が倒れているのが見つかりました。

川幅はおよそ8メートル、深さは30センチほどの、川遊びにちょうどいい浅い流れだったそうです。

このうち、川崎市の42歳の男性と、神奈川県逗子市の47歳の男性が亡くなっています。

8歳の男の子2人を含むほかの5人も、重いけがや軽いけがを負いました。

 

土手の上にはアジサイの花壇があり、そのまわりを高さ約1メートル、幅約10メートルの動物よけの電気柵が囲んでいたとのこと。

その柵の一部が切れて、川の水に浸かっていました。

最初に男の子が柵に触れ、助けようと川へ入った大人たちが次々に感電したとみられています。

 

柵を作ったのは、近くに住む79歳の男性でした。

育てていたアジサイを、シカに食べられないように守るためだったそうです。

ただ、ネットに流れた言葉と当時の報道には、ずれが3つあります。

  • 投稿は「親戚」と書いているが、報道で伝えられているのは川遊びに来ていた家族連れら
  • 投稿は「一族郎党」と書いているが、亡くなったのは2人で、ほかの5人はけが
  • 投稿は「トラップ」と書いているが、柵はシカよけで、人をねらったものではない

ずれているのは言葉で、2人が亡くなったつらい事故であることに変わりはありません。

 

その翌月には、柵を作った男性も自ら命を絶ったと報じられています。

当時の産経新聞の見出しには、事故のあとの7月のうちに、男性が「苦しい。ごめんなさい」と話していたことも書かれていました。

誰かを傷つけようとした人は、この事故のどこにもいなかったのだと思います。

 

電気柵に触れること自体は、田舎の暮らしでは珍しくありません。

稲刈り中のアイドルの動画も、投稿した本人たちが笑い話として出しているものでした。

では、同じ電気柵なのに、西伊豆の柵はなぜ命を奪うものになってしまったのでしょうか。


ふつうの電気柵は1秒に一瞬しか流れない

自治体の説明によると、正しく設置された電気柵の電気は、約1秒間隔で、3000分の1秒ほどの一瞬だけ流れる仕組みです。

長浜市は「電気柵は、安全基準を満たした装置を使用する限り危険なものではありません」と書き、誤って触れたときも「静電気のようなショック」で、手を放すことができると説明しています。

松阪市も、人が触ってもビリッとするだけで、感電で筋肉が硬直し続けることの無いような仕組みだと書いていました。

つまり、ふつうの電気柵は「痛い」と覚えさせて獣を近づけない道具で、けがをさせるための道具とは違います。

 

ところが、西伊豆の柵はまったく違うものでした。

電源は、近くの農機具小屋にある家庭用のコンセント。

そこに、100ボルトの電圧を440ボルトまで上げられる変圧器がつながれていたことが、当時の報道で明らかになりました。

電圧が高いほど、感電は危険になります。

しかも、短い間隔で電気を流すパルス式ではなく、電気が流れっぱなしになる作りでした。

漏れた電気を止める漏電遮断器も、危ないと知らせる表示もなかったそうです。

ふだんは昼間に抜いていたプラグが、事故の日は差したままだったという報道もありました。

 

九州電気保安協会の説明によると、人は、体に流れる電気の量がおよそ15ミリアンペアを超えると、自分の意思で体を動かせなくなるそうです。

触れた瞬間に手を離せれば助かるような電気でも、離せなければ、そのまま体を流れ続けてしまいます。

電気の仕事をしている家族から、同じことを教わったという投稿もありました。

ふつうの電気柵の電源装置は、流れる電気の量そのものが抑えられているうえ、一瞬で切れる作り。

1秒に一瞬なら、次の一瞬が来る前に手が離れる。

流れっぱなしだと、その「すき」がどこにもありません。

西伊豆の柵は、電気柵という名前のついた、まったく別のものだったと言っていいと思います。


助けに入った大人まで倒れた理由

ネットでは「なんで男性だけ死亡や重症なんだろ?」という疑問も出ていました。

ただ、当時の報道でも、けがをした人の中には女性もいて、性別で分かれたようには見えません。

はっきりしているのは、亡くなった2人が、子どもを助けようと川に入った側だった、という点です。

 

報道では、ぬれた手で触れると、電気の通りにくさが乾いているときの約30分の1にまで下がると説明されていました。

九州電気保安協会も、体が水にぬれていると感電の危険性が高まると書いています。

しかも、柵の切れた電線は川の中にありました。

倒れた子どものそばへ駆け寄った時点で、助けに入った大人も、電気の流れている水の中に立っていたんです。

そして、電気は流れっぱなしで、誰も止めていませんでした。

 

子どもが倒れているのを見て、親が飛び込まないでいるのは無理な話です。

だからこそ、決まりは「止める手段」を先に用意させています。

電気柵の決まりには、電気を送る線の途中に、すぐ操作できる専用のスイッチを付けることも入っているんです。

感電した人を助けられるかどうかは、そのスイッチに手が届くかどうかで大きく変わります。

電気柵ではなく電子工作で感電した人の投稿ですが、手を離せなくなった本人を救ったのは、すぐ届く場所にあった主電源のスイッチでした。

感電している人を見つけたときに、電気設備の会社などがまず呼びかけているのも、素手で触らずに電源を切ることです。

電源が切れないときは、乾いた木の棒のような電気を通さないもので引き離し、すぐに119番へ電話します。


「電気柵は禁止に」の前にある4つの決まり

「やっぱり電気柵なんて禁止にしたほうがいい」と感じた人もいるかもしれません。

その気持ちはよくわかります。

ただ、電気柵には事故の前から国の決まりがあって、農林水産省は2009年9月の時点でも、電気柵の安全について各地へ通知を出していました。

事故の2日後に消費者庁が出した注意喚起は、電気事業法にもとづくその決まりを、設置する人が守る4つにまとめています。

  • 危ないことを知らせる表示をする
  • 感電で人に危険を及ぼさないよう、流れる電気が抑えられた電気柵用の電源装置を使う
  • 人が簡単に入れる場所では、漏電遮断器を付ける
  • すぐに操作できる場所に、専用のスイッチを付ける

読んでみると、4つとも獣のためではなく人のために書かれたもの。

表示は人が見て気づくためで、電源装置は人が触れても大丈夫なようにするためです。

漏電遮断器は人が入りそうな場所に、スイッチは人を助けるために付けます。

電気柵の決まりは、「人がうっかり触れる」前提で作られているんですよね。

 

西伊豆の柵は、このうち表示・電源装置・漏電遮断器の3つが欠けていたと報じられています。

スイッチがあったかどうかは、報道からは分かりません。

漏電遮断器に求められているのは、15ミリアンペア以下の漏れを0.1秒以内に止める性能。

人の体が自由に動かなくなり始める15ミリアンペアと、同じ数字です。

手が離せなくなる前に止める、という考え方がそのまま数字になっているように見えます。

 

ちなみに、「漏電遮断器を付けたら獣を防げない」という心配も当たりません。

電気柵用の電源装置と漏電遮断器は、もともと一緒に使うもので、松阪市も、家庭用の電源を使うなら両方を必ず使うよう呼びかけています。

家庭用のコンセントから遮断器なしで柵へ直接つなぐのは法令違反になるとのこと。

西伊豆の柵を作った男性は事故の翌月に亡くなったため、この事故の責任が裁判で争われることはありませんでした。

 

とはいえ、決まりがあっても、守られていなければ意味がありません。

事故のあと、国は全国の電気柵を一斉に点検しています。

農林水産省がまとめた結果では、点検した9万9,696か所のうち、7,090か所で安全対策に不備が見つかりました。

いちばん多かったのは表示がないケースで、6,713か所。

漏電遮断器がないケースも606か所ありました。

事故が起きた静岡県では、4,086か所のうち757か所に何らかの不備が見つかったとのこと。

 

農林水産省は、不備が多かった大きな理由として、設置する人に安全対策が十分に知られていなかったことを挙げ、作物の育ち具合に合わせて柵を付けたり外したりするので表示を掲げ忘れたという報告もあったと書いています。

看板がなければ、近づく側は気づきようがないんですよね。

30センチ手前で止まれたのは、たまたまだったのかもしれません。


電気柵を見かけたときの4つのこと

では、私たちはふだん、何に気をつければいいのでしょうか。

電気柵に近づく機会がありそうな人のために、覚えておきたいことは4つ。

  • 「危険」「さわるな」「電気さく使用中」といった表示を見たら、柵に近づかない
  • 子どもには、田んぼや川のそばで細い線の張られた柵に触らないよう伝えておく
  • 電線が切れて垂れていたり、水に浸かっていたりしたら、触らずにその場を離れる
  • 倒れている人がいたら、素手で触らず、電源を切ってから助けて119番へ電話する

西伊豆の事故も、家族で出かけた夏の川遊びの最中に起きています。

土手のそばに細い線が張られているのが見えたら、子どもを先にそこから離しておくと安心です。

自分で電気柵を立てる人は、市販の電源装置を使い、表示とスイッチを付けて、家庭用の電源につなぐなら漏電遮断器も付けておくことが前提になっています。

 

柵を立てる側からすると、畑に勝手に入ってきた人が柵に触れてけがをしても、自業自得だと言いたくなるかもしれません。

勝手に入ってくる人に腹が立つのは、もっともなこと。

それでも決まりは、その人が触れてもけがをしない柵であることを、先に求めているんです。

 

アジサイを守りたかった柵が、川遊びに来た家族の夏を変えてしまいました。

あの柵に欠けていたのは、人が触れたときの守りだったと思います。

次に田んぼのそばで電気さくの看板を見かけたら、少しだけ足を止めてみてくださいね。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。