ドラフト会議で名前が読み上げられるとき、うしろに続くのはたいてい高校か大学、社会人チームの名前です。

テレビの前で見ている側も、なんとなくその順番を知っていますよね。

ところが2026年10月22日、巨人の育成5位で読み上げられたのは、中学校の名前でした。

指名されたのは、2011年12月26日生まれの14歳で、川崎市内の公立中学に通う3年生の捕手です。

会場では「ほんとに中学生!?」とどよめきが起き、ネットにも驚きの声が一気に広がりました。

ただ、驚きのすぐあとには「巨人入り決まったら最終学歴が中学になるって事???」「入団決まれば甲子園目指せれなくなるのか?」と、この子のこれからを心配する声もたくさん出ていて。

今回は、中学生がドラフトで指名されると何が変わって何が変わらないのかを、わかりやすく解説していきたいと思います。


育成5位で呼ばれた中学3年生

育成5位というのは、ドラフトのあとに続く「育成選手」(まず二軍で育てることを前提にした契約)の指名で、巨人が5番目に名前を挙げたという意味です。

身長は179センチ、体重は82キロで、右投げ右打ち。

5歳で野球を始め、小学生のうちに巨人のジュニアチームに選ばれたとのこと。

その後は、新しくできた巨人のU15ジュニアユース(チーム名は多摩川ボーイズ)に1期生として入り、初代の主将を務めてきました。

U15ジュニアユースというのは、巨人が運営している中学生のチームのことです。

今年はメキシコで開かれたU-15のワールドカップに日本代表の主将として出場し、4番で正捕手を任されていました。

大会を通して打率.333、2本塁打、11打点を残し、敢闘賞とベストナインに選ばれています。

二塁への送球は2秒を切り、50メートルは6秒台前半で走るそうです。

捕手で肩が強いうえに足まで速いという、なかなか欲張りな組み合わせ。

球団は「最終的には、巨人軍の一軍正捕手を担う人材として長期育成していくことを目標とする」というコメントを出しました。

榑松伸介スカウトディレクターも、取材に対して「中学生ですけど、指名に値する選手」と話しています。

これまでドラフトで指名された最年少は、2004年に阪神から8巡目で指名された当時15歳の辻本賢人でした。

今回の指名は、その記録を塗り替えた形になります。

ネットでは「新しい囲い込み」「超青田買い?」と首をかしげる人もいれば、「U15代表主将で実績あるならありだと思う」と受け止める人もいて、反応ははっきり割れていました。

 

中学生でも指名できるドラフトの決まり

そもそも中学生って指名できるの、と思った人も多いはずです。

ネットにも「中学生はプロ志望届いらないんですね」という声が出ていました。

日本野球機構(NPB)が公開しているドラフト会議の概要には、新人選手の定義がこう書かれています。

新人選手とは、日本の中学校、高等学校、日本高等学校野球連盟に加盟が認められている学校、大学、全日本大学野球連盟に加盟が認められた団体に在学し、または在学した経験を持ち、 いずれのNPBの球団とも選手契約を締結したことのない選手をいう。

出典:日本野球機構(NPB)「新人選手選択会議(ドラフト会議)の概要」

並んでいる学校の、いちばん最初が中学校なんです。

年齢の下限も、どこにも書かれていません。

高校生や大学生が出すプロ志望届は、高校野球連盟と大学野球連盟に入っている選手に向けた決まり。

中学生のクラブチームはそのどちらにも入っていないので、届けを出していなくても指名できる仕組みになっています。

 

そして、もう一つ大事なのが期限のこと。

ドラフトで球団が手にするのは「この選手と契約の話をしてよい」という交渉権で、入団が決まるのは契約を結んだときです。

概要には、会議の翌年の3月末日までに契約できなければ、球団はその選手への交渉権を失うと書かれています。

今回なら、期限は2027年3月末。

中学を卒業するのと、ちょうど同じ月になります。

この中学3年生は、卒業式のころまでにプロへ進むかどうかを決めなければいけません。

交渉を断ることももちろんできて、その場合は高校の野球部で甲子園を目指し、3年生の秋にあらためてプロ志望届を出して指名を待つ、という見慣れた道が残っています。


高校に通えても甲子園には出られない

では、入団したら高校はどうなるのでしょうか。

最終学歴が中学になるのでは、という心配には、球団がはっきり答えています。

スカウトディレクターは「高校には通います」と話し、高校に進学しながら巨人の施設で育てていくプランを明かしました。

中学を出てそのまま社会に出る、という形にはならないようです。

 

ただ、ここで「よかった」と言い切れないのが甲子園の話。

高校野球は、日本学生野球憲章という決まりの上で動いています。

この憲章が見ているのは高校と大学の野球部で、いま所属している中学生のクラブチームは、もともとその外側にありました。

だからこれまでは、巨人が運営するチームでプレーしていても、高校野球の決まりとは関わりがなかったんです。

憲章の第2条によれば、プロ野球選手とは「国を問わず、野球をすることで報酬を得ている者」のこと。

そして第12条には、プロ野球選手は「学生野球資格を持たない」とあり、資格を持たない人は野球部の部員になれないと続きます。

巨人と契約すれば、高校には通えても、その高校の野球部に入って甲子園を目指す道は閉じてしまうんです。

しかも第12条は元プロ野球選手も同じ扱いにしていて、資格を取り戻すには日本学生野球協会の承認が要ると書かれています。

途中でやめたからといって、すぐに高校の野球部へ入れるわけではない、ということ。

さらに、プロ野球選手と高校の野球部がいっしょに練習できるのは、手続きを踏んだうえで12月1日から翌年1月31日までの間に限る、という規則もあります。

同じ高校に通っていても、放課後のグラウンドで野球部と並んで練習する姿は、この規則のままでは考えにくいでしょう。

中学生がプロになった話に見えて、実はこの指名、甲子園を目指すかどうかを中学3年生の冬に決めさせるものなんです。

 

スポーツ紙が紹介したネットの声にも、「侍主将が高校野球で見れないとは!」「高校野球で見たかったな」という惜しむ言葉が並んでいました。

その一方で、「甲子園目指す3年間ていう選択肢しか無かったからね」と、もう一つの道ができたこと自体を歓迎する声もあります。

報道陣から、高校野球ではなく巨人で育てる意義を聞かれたスカウトディレクターは、「高校野球への批判になるかもしれないので…すいません」と答えを控えたそうです。

なかなか正直な返し方ですね。

 

15歳で入団した阪神の前例

「以前、阪神が中学生を指名して育てられなかったケースとかあった」という声も、ネットにはたくさん並んでいました。

それが、これまで最年少の指名記録を持っていた辻本賢人です。

指名された翌年の2005年6月には、16歳で二軍のマウンドに立っています。

Number Webの連載によると、阪神での5年間はほとんどを二軍で過ごし、二軍のリーグ戦(ウエスタン・リーグ)での登板は25試合だったとのこと。

腰の疲労骨折にも苦しみ、20歳で戦力外を告げられています。

その後はアメリカで再挑戦し、いまは英語を生かして翻訳の仕事をしているそうです。

 

数字だけを並べれば、うまくいかなかった例として語られやすい経歴でしょう。

それでも本人は同じ連載で、プロ入りを「まったく後悔していない」と話していました。

ケガが続いたのも、体ができていないうちにプロへ入ったせいだとは思っていない、とも語っています。

 

もう一つ知っておきたいのが、育成選手の決まりです。

育成選手というのは、一軍の試合に出られる「支配下」の選手の一歩手前の契約のことで、出られるのは二軍の試合だけ。

入団から3年のうちに支配下選手として契約されなければ、いったん自由契約になる、つまり球団との契約が切れる扱いになると報じられています。

その3年は、高校に通う3年とほぼ重なる長さなんですよね。

「10年後に戦力外とかしそう」という心配もありましたが、最初の区切りは、それよりずっと早い時期に来るということ。


決めるのは中学3年生と家族

指名のあと、本人は球団を通じてこうコメントしています。

うれしい気持ちと、よく分からない気持ちが、同じコメントの中に正直に並んでいますね。

14歳で「甲子園かプロか」を選べと言われて、すぐに答えを出せる人はいないはずです。

ネットにも「高校には行かせてあげて」「同年代と競った方が絶対上手くなる」という声がある一方で、「捕手なら投手みたいに肩肘突然爆発しないし、長い目で育成するなら全然あり」と、ポジションまで見て賛成する人もいました。

大人たちの意見も、これだけきれいに分かれています。

球団の側も「初めてのケースですから手探りの部分はもちろんあると思いますけど」と認めていました。

今後もこういう指名が増えるのかと聞かれても、スカウトディレクターは「私の範疇を超えた話なので」と答えるにとどめています。

ルールの上で指名はできても、その先の道筋までは、まだ誰も歩いたことがないということ。

甲子園を選んでもプロを選んでも、どちらも14歳が家族と考えて出す答えなので、外から急かさずに待っていたいところですね。