漫画『みいちゃんと山田さん』(通称「みい山」)をめぐる騒ぎが、とうとう作者の家の前まで来てしまいました。

2026年9月26日の夜、住宅の前で障害者手帳を手に持って撮られた写真が、ネットで一気に広まったんです。

添えられていたのは、作者の亜月ねねの自宅兼事務所の前だという説明と、家の前を訪ねて撮ることを指す「ねね巡礼」という言葉でした。

作品への批判にうなずいていた人でも、ここで手が止まったのではないでしょうか。

実際、この投稿には「度が過ぎるだろ…」「さすがにかわいそう」という声が寄せられています。

「れっきとした犯罪行為だよ」と書いている人もいました。

 

では、人の家の前に立って写真を撮ることは、どこから罪になるのか。

今回は、この「ねね巡礼」で何が起きているのかを整理しながら、家の場所が知られてしまう仕組みと、家の前での撮影がどこから犯罪になるのかについて、わかりやすく解説していきたいと思います。


手帳を掲げて撮られた一枚の写真

『みいちゃんと山田さん』は、2012年の歌舞伎町を舞台にした漫画です。

2026年9月9日に最終7巻が発売されて、物語はすでに完結しました。

アニメ化も決まっているものの、知的障害が強くうかがえる主人公の描き方をめぐって、発表のあとから批判が続いています。

2026年8月19日には、知的障害のある人と家族の団体「全国手をつなぐ育成会連合会」が、アニメ化についての意見書を公表。

9月には、自閉症のある人と家族の団体「日本自閉症協会」も意見書を出した、と報じられています。

 

騒ぎが作品の外へ広がったのは、9月に入ってからのことでした。

みいちゃんと山田さん作者の特定騒動|集めただけと言えない理由2026年9月1日、『みいちゃんと山田さん』をめぐる話題が、作品の外へ出ました。 作者の顔写真とされる画像、本名とされる名前、さらには家...

まず、作者の本名や顔写真とされるものがネットに出回りました。

今回はそこに、作者が会社を作っていたという話と、その会社の住所として登記されている場所が自宅兼事務所だという話が加わっています。

そして9月26日の夜、その家の前だとされる写真が出てきました。

 

写真に写っているのは、手帳と、それを持つ手だけ。

撮ったのが誰なのかも、本当にその家なのかも、外からは確かめようがありません。

写真に添えられた説明には「障害者の間で流行」ともありますが、いま出回っているのは同じ1枚で、ネットには「巡礼したのはまだ1名のみ」と書いている人もいるほどです。

 

住所が知られた経緯についても、ネットではいくつかの話が語られています。

ただ、どれも確かめる手立てはないものばかり。

9月27日の朝の時点で、作者本人のアカウントにこの件に触れた投稿は出ていません。

この記事では、場所も名前も、写真の細かい中身も、これ以上は書かないことにします。


家の場所は会社の登記簿に載る

反応のなかには、作者が会社を作っていたこと自体に驚く声もありました。

会社を作ると、登記簿には会社の「本店」の場所と、代表者の住所の2つが載ります。

登記の中身は、法務局で証明書を取れば誰でも見られて、インターネットの登記情報提供サービスでも確かめられるもの。

どちらも少額の手数料がかかりますが、特別な資格はいりません。

法務省は、代表者の住所を登記する理由として「会社の代表者を特定する情報」や「訴訟における訴状の送達先」などを挙げています。

登記簿は、取引の相手がどこの誰なのかを、誰でも確かめられるようにするための帳簿です。

 

自宅で仕事をする人が会社を作るとき、本店を自宅にしておけば、事務所を別に借りずに済みますよね。

そのかわり、この帳簿には自宅の場所がそのまま載ります。

代表者の住所についても、少し前までは番地まで誰でも見られる状態でした。

これを隠せるようにしたのが、2024年10月1日に始まった「代表取締役等住所非表示措置」です。

申し出れば、代表者の住所は市区町村までしか表示されません。

 

法務省の説明資料には、住所の公開が「ストーカー等の被害」につながることを懸念する声が高まっていた、とはっきり書かれていました。

作られる前の案の段階で、この措置の中身を整理していた弁護士もいます。

法務省の月報によると、2024年10月から2026年8月までに、この措置を受けたのは累計26,181件(暫定値)。

2026年7月24日には、対象を株式会社から、合同会社などほかの会社や一般社団法人などの法人にも広げる改正案が公表され、12月の施行が予定されていると報じられています。

 

ただ、ここで隠せるのは、あくまで代表者の住所の欄だけ。

会社の本店の欄は、この措置の対象に入っていません。

しかも、代表者の住所を隠してもらう条件は、会社が本店の場所にちゃんと実在していること。

本店の住所あてに郵便がきちんと届いたことを証明する書類などで、それを示す必要があります。

本店と自宅が同じ場所だと、代表者の欄を隠しても、本店の欄には同じ場所が残ったまま。

隠れるのは誰でも取れる証明書の上だけで、役所からの求めがあれば提供されますし、利害関係のある人は書類を見ることができる、と法務省は説明しています。

これから会社を作ろうとしている人は、本店をどこに置くかを、作る前に一度だけ考えておくと安心かもしれません。


恋愛感情がなければストーカー規制法の外

では、家の前に立って写真を撮るのは、罪になるのでしょうか。

「れっきとした犯罪行為だよ」という怒りは、もっともです。

ところが、法律の言葉に当ててみると、話は少しだけ込み入っています。

 

ストーカー規制法が「つきまとい等」と呼んでいるのは、次のような目的でする行為です。

「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で」

好意か、好意が報われなかった恨みが出発点になっているものだけが対象です。

警視庁は、「正当な理由なく、特定の者に対し、不安を覚えさせるような方法でつきまとい行為等を行うことは、迷惑防止条例違反となります」と呼びかけたうえで、恋愛感情にもとづくものはストーカー規制法、それ以外の悪意にもとづくものは迷惑防止条例、と分けて説明しています。

作品に腹を立てて家の前まで行く形に当てはまりうるのは、都道府県の迷惑防止条例です。

 

東京都の条例が禁じているのは、「妬み、恨みその他の悪意の感情を充足する目的」でのつきまとい。

そこには「住居等の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと」も並んでいます。

警視庁は、相手の家の近くで見張ることや、隠し撮りした写真を送りつけることも、この条例で禁じられる行為の例として挙げていました。

違反すると、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金。

条例は都道府県ごとに作られているので、禁じている中身も場所によって少しずつ違います。

拘禁刑というのは、それまでの懲役と禁錮がひとつにまとまった呼び方です。

恋愛感情がないなら条例を確かめてほしい、という案内を出している人もいます。

ただし条文には、「反復して」という条件が付いているんですよね。

住んでいる人の平穏が害されるような不安を覚えさせる方法であること、という条件も、同じ文の中に書かれています。

条文の言葉から浮かぶのは、同じ人が何度も家の前に来る場面。

1回きりの撮影がそのまま当てはまるとは言い切れず、最後に決めるのは警察と裁判所です。

 

でも住んでいる側からすれば、来るのが同じ1人でも、別々の人でも、家の前でカメラを構える人がいる怖さは変わりません。

どこから罪になるのかを線ごとに分けると、こうなります。

  • 同じ人が繰り返し家の前に来る(東京都なら迷惑防止条例。1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金)
  • 門の内側や敷地の中まで入る(住居侵入罪。3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)
  • 家と住んでいる人を結びつけてネットに出す(刑罰ではなく、プライバシーの侵害として損害賠償を求められることがある民事の話)

今回の写真がどれに当たるのかは、撮った人が誰で、何回来て、どこに立っていたかで変わるので、外からはまだ分かりません。


一人の写真が障害者全体の話にされる

写真が広がるのと一緒に、もう一つ別の種類の言葉も広がっていきました。

「本当に障害者が有害な事を自ら証明してる…」

「障害者が障害者たるゆえん」

 

写真に写っていたのは、1冊の手帳と、1人の手です。

それなのに、その1枚が、手帳を持つ人ぜんぶの話として読まれ始めました。

国の推計では、自宅で暮らしながら障害者手帳を持っている人は、2022年12月の時点でおよそ610万人。

内訳は、この3つです。

  • 身体障害者手帳 415.9万人
  • 療育手帳(知的障害のある人の手帳) 114.0万人
  • 精神障害者保健福祉手帳 120.3万人

手帳を持つことになった理由も、ふだん困っていることも、一人ひとりまるで違います。

 

8月の意見書で、育成会は作品の主人公の名前についてこう書いていました。

「すでに現実社会で「みいちゃん」が、知的障害や発達特性のある女性を揶揄・侮辱する言葉として使われている事例が複数報告されています」

作品の中の1人の名前が、現実に暮らしている大勢をまとめて指す呼び名になっていく。

意見書が心配していたのは、そういう動きだったのでしょう。

いま一枚の写真のまわりで起きていることも、その動きとよく似ています。

 

1人がしたことが、手帳を持つ全員の顔にされていく。

手帳は、福祉のサービスを受けるための証明で、同じ考えを持つ人たちの会員証ではありません。

家の前に立った1人のことは、その1人のこととして見る。

作品の描き方に疑問を持っていた人にとっても、それが作品への批判を傷つけない、いちばんの見方だと思います。


住所が出回ったときに警察へ話すこと

自分や家族の住所がネットに出回ってしまったら、まず家のまわりで起きていることを、日時がわかる形で残しておくこと。

  • 家の前に来た人や車の様子と、その日時
  • 住所や家の写真が載った投稿の画面と、そのアドレス
  • 届いた郵便や電話の記録

危ないと感じたら、迷わず110番。

急ぎではないけれど相談したい、というときは、警察相談専用電話の「#9110」が使えます。

東京都の条例には、つきまといの被害を受けた人やその保護者が、再発を防ぐための援助を警察に申し出られる決まりもあるんです。

記録が手元にあれば、その場で何が起きているのかを伝えやすくなるはず。

自分で会社を作っている人なら、代表者の住所を変える登記と同時に、さきほどの非表示の措置を申し出られます。

ただ、本店の欄はそのまま残るので、本店そのものを別の場所へ移すかどうかも、あわせて考えることになるでしょう。

 

作品に言いたいことがある人の気持ちまで、否定するつもりはありません。

それでも、人の家の前でカメラを構えた時点で、その言い分は作品から離れて、住んでいる人を怖がらせる話へ変わってしまうもの。

どんな事情があろうとも、家の前に立つことを抗議とは呼べないと感じてしまいます。