バレーボールの国内トップリーグ・SVリーグで、サントリーサンバーズ大阪に所属する髙橋塁選手が、2026年9月29日に自分はゲイだと公表しました。

日本代表の髙橋藍選手のお兄さんで、26歳の選手です。

相当な勇気がいったはずだという声が並ぶ一方で、「わざわざ言わなくていいのに」という声もかなり出ています。

 

応援したい気持ちと、少しの戸惑い。

その両方を抱えたままニュースを閉じた人も、きっと多いでしょう。

今回は、髙橋塁選手がわざわざ言う必要はあったのかという疑問に、本人が書いた文面と、役所や自治体が作った決まりから答えていきたいと思います。


髙橋塁選手が「ご報告」に書いたこと

公表は、9月29日の朝にXとInstagramへ「ご報告」と題した文面を載せる形だったそうです。

冒頭で、本人はこう書いています。

「僕は幼き頃から、自分自身のある一面について向き合うことを恐れ、悩み、自分自身を否定していました。それは、僕がゲイであり、セクシュアルマイノリティの一人であるということです」

セクシュアルマイノリティというのは、性のあり方が多数派と異なる人たちをまとめて呼ぶ言葉のことです。

 

読んでいて胸に残るのは、公表の中身より、ゲイだと言えるまでにかかった時間の長さでした。

子どものころから否定し続けてきたものを、26歳のいま、はじめて文章にして外へ出した形です。

転機になったのは、弟と同じチームで過ごした時間だったといいます。

「約2年間、弟の髙橋藍と同じチームで過ごしたことが僕にとって何よりも大きく、藍と話したことをきっかけに、初めて自分自身を認めることができました」

兄弟がどんな言葉を交わしたのかまでは、文面には書かれていません。

ただ、気持ちを言葉にすることで心が整理され、少しずつ「ありのままの自分でいい」と思えるようになった、とも綴られていました。

 

そのうえで、家族やチームメイト、スタッフ、関係者への感謝が丁寧に並びます。

最後の一文は「これからも、髙橋塁らしく、バレーボールを通じて成長していきたいと思います」でした。

長い文面のどこを読んでも、誰かを責める言葉は出てきません。

自分を受け入れるまでの道のりを、淡々と、ていねいに報告している文章なんです。


黙っていても始まる詮索

それでも「わざわざ言わなくても」と感じた人がいるのは、無理もない話だと思います。

同性を好きになることがおかしなことでないなら、発表する必要もないのでは、という理屈ですね。

ネットには「こういうことをイチイチ公表しなくても良い世の中になってほしい」という声も出ていました。

この「わざわざ」の中には、言わなくて済む社会であってほしいという願いも、ちゃんと混ざっています。

 

では、本人はなぜ言うことを選んだのでしょうか。

シーズンが終わった2026年5月、髙橋塁選手は兄弟で過ごした時間をこう振り返っていました。

そして弟の髙橋藍選手は、このシーズンを最後にサントリーを離れています。

その後、新しいシーズンの前に出したのが、今回の文面でした。

弟がチームを離れたことと公表とのつながりについて、本人は何も書いていません。

 

公表のタイミングについて、本人はこう書いています。

「新しいシーズンを迎えるにあたり、いつも応援してくださるファンの皆さんにも、このタイミングで自分自身の言葉で伝えておきたいと思いました」

大事なのは、最後の「自分自身の言葉で」という部分だと思います。

文面には、もう1つの理由も書かれていました。

「理由や背景は違っても、自分自身を受け入れられずに悩んでいる方にとって、僕が自分自身と向き合い、自分の言葉で伝えることが、少しでも何かのきっかけになれば嬉しく思います」

 

ニュースサイトのcoki(公器)は、日本のスポーツ界では現役の男子プロ選手が自分から公表した例はまだ少ない、と書いています。

一方、女子では、サッカーの下山田志帆さんが2019年、ドイツでプレーしていたときに現役のまま公表しました。

いま同じことを1人で抱えている10代にとっては、テレビの向こうの選手が口にしたという事実だけで、明かりが1つ増えるのかもしれません。

 

ネットにはこんな声もありました。

「言わなかったら言わなかったであんたら異性愛者であることが大前提として扱ってくるやん」

人気のあるスポーツ選手なら、恋人や結婚の話題を振られる場面もあります。

黙っていれば、そのたびに異性の恋人がいる前提の質問に笑って合わせ続けることになりかねません。

もう一つ、こんな声も出ていました。

「有名人は変な風に暴露されてあれこれ言われる可能性があるから、こうやって自分から言っちゃった方がいいこともあるんだろうね」

 

実際、公表から数時間のうちに、同じ競技の別の選手も同じなのではと匂わせる投稿まで、このニュースを伝えるXの投稿の下に流れてきていました。

つまり、言わなければ、ほかの誰かが勝手に言い出すかもしれません。

わざわざ言うことは、他人の口より先に自分の言葉を置いておく一手にもなります。


公表と暴露を分ける本人の了解

同じ「ゲイである」という事実でも、世の中に出ていく道は2つ。

本人が自分で伝える道と、他人が勝手に広める道です。

前者が、いわゆるカミングアウト。

英語の「カミングアウト・オブ・ザ・クローゼット」、押し入れから出てくるという言い回しから来た言葉で、隠してきたことを自分から明かす、という意味で使われる言葉なんですよね。

後者には「アウティング」という名前がついています。

本人の了解なしに、その人の性のあり方を周りに明かすことです。

 

この2つの違いを、国ははっきり書き分けています。

2020年に厚生労働省が出した、職場のパワハラについての指針です。

パワハラの6つの型のうち、私生活に立ち入りすぎる「個の侵害」という型に、当てはまる例としてこんな一文が並んでいます。

「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」

性的指向というのは、どの性別の人を好きになるかという向きのことです。

 

ところが同じ指針は、当てはまらない例として、こうも書いています。

「労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと」

伝える中身は、どちらも同じ性的指向や病歴。

大きく違うのは、本人がいいと言ったかどうかでした。

その違いで、パワハラにもなれば、配慮にもなるんです。

 

この指針は、会社にパワハラを防ぐ対策をとらせるためのもので、大企業では2020年6月から、中小企業でも2022年4月から、対策が義務になりました。

つまり、職場で「あの人、ゲイらしいよ」と広めることは、会社が止めなければいけない行為として、国の文書にパワハラの例がはっきり書かれているということ。

厚生労働省の職場のハラスメント対策を紹介するアカウントも、この型について注意を呼びかけていました。

今回の公表は、一見するとカミングアウトしていいかどうかの話に見えます。

でも、本当に問われているのは、誰の口から伝わるか。

本人が書いた「自分自身の言葉で」は、誰の口から伝えるかを、他人に先を越される前に自分で決めたという宣言でもありました。


言う自由も言わない自由も本人のもの

この考え方を、条例の形で書いた自治体もあります。

東京都国立市が2018年4月1日に施行した条例の第8条2項です。

「何人も、性的指向、性自認等の公表に関して、いかなる場合も、強制し、若しくは禁止し、又は本人の意に反して公にしてはならない。」

 

この条文が禁じているのは3つ。

  • 「言え」と迫ること
  • 「言うな」と止めること
  • 本人の意に反して広めること(アウティング)

この3つが、同じ一文の中で並べて禁じられているんです。

言うか言わないかを決めていいのは本人だけだと、条文がはっきり書いています。

自治体の条例を調べている地方自治研究機構のまとめ(2026年6月更新)では、この3つをそろって禁じる条例は、41の自治体にあるとのこと。

都道府県では三重県がはじめてで、2021年4月1日に条例が施行されました。

 

国立市の条例が施行された2018年のニュースでも、その背景には2015年に起きた出来事があったと伝えられています。

一橋大学の大学院生が、同級生に性的指向を周りへ明かされ、その後に亡くなったというものです。

この件をめぐる裁判で、東京高裁は2020年11月25日、アウティングを「許されない行為」と述べました。

他人の口から広まることの重さが、この一言に表れているのではないでしょうか。

 

そして、条例のない町に住んでいても、この考え方は身近な場面にそのまま使えます。

もし家族や友人、職場の同僚から打ち明けられたら、まずは最後まで話を聞くこと。

最初の一言は、「話してくれてありがとう」くらいで十分だと思います。

打ち明けるまでに、髙橋塁選手のように何年も迷ってきた人もいるはずなので、うまい返事を探すより、聞いてくれたという手ごたえのほうが残るもの。

 

応援のつもりの言葉が、かえって引っかかることもあるようです。

今回も「犯罪を犯したわけでもないんだから堂々としていればいい」という励ましに対して、「犯罪といったマイナスワードが使われていることにすごく違和感」と書いていた人がいました。

励ました側に悪気はなくても、比べる相手に「犯罪」を持ち出された時点で、言われた側は少し身構えてしまうもの。

それから、本人の了解なしに、ほかの誰かへ伝えないことです。

よかれと思って「応援してあげて」と別の人に話すのも、本人がいいと言っていなければアウティングになります。

 

あわせて、今回のニュースのまわりで気をつけておきたいことが2つ。

1つは、ネットで見かけた「専門医の診断を受けて公表した方が」という声について。

同性愛は、1990年に世界保健機関、いわゆるWHOの病気の分類から外されていて、診断を受けるものとはされていません。

もう1つは、名前で検索すると、本人の動画をうたって、無料で配ると誘う投稿が紛れ込んでいることです。

話題の人の名前に乗っかった誘い文句なので、開かずに通り過ぎてくださいね。

自分がアウティングされて困ったときは、法務省の「みんなの人権110番」(0570-003-110)で相談を受け付けています。

性のあり方に関わる悩みなら、24時間つながる「よりそいホットライン」(0120-279-338)にも、専門の回線が用意されているとのこと。

 

「わざわざ言わなくても」と感じた気持ちが、そのまま間違いというわけでもないはずです。

誰も詮索しなくなれば、言うかどうかを本人が気楽に選べるようになります。

「言わなくて済む世の中」は、たぶんその先にあるのでしょう。

それまでは、本人が自分の言葉で置いたものを、そのまま受け取っておきたいところですね。